「ごめん、遅くなった!」

ばたばたという足音と、騒がしい声と一緒に教室に顔を出したのは、菊丸英二、私の、彼氏だ。今日一緒に帰ろうと言ってくれたのは菊丸からで、普段部活で時間が合わない彼も、今日は珍しく早く帰れるらしい。本当は、少し勇気をだして、私から誘おうと思っていたのに。なんたって今日は恋人たちの一大イベント、バレンタインデー、だ。部活が遅くても待ってるつもりで、だから、少しだけ、拍子抜けした。

「ううん大丈夫、ていうか、もうちょい遅くてもよかった」

眉を下げて苦笑しながら未だ真っ白な状態の学級日誌を見せると、今日日直だっけ、と口に出しながら私の前の席へと普通とは逆の向きに腰かける。待ち時間のお供にと机の上に出していた色とりどりの飴を、食べる?と勧めると、菊丸は何やら少し考えたあとソーダ味のそれをひとつ摘まんでポケットへ押し込んだ。

「菊丸が来るまでに終わらそうと思ってたんだけど、本に夢中になっちゃってた、ごめんね?」

「いーよいーよ!次は俺が待つ番ね!」

ニッと笑ってみせた菊丸に、ありがと、と返して日誌を埋める作業に取りかかる。さて、鞄に忍ばせたチョコレートはいつ彼に渡そうか。正直言ってこういう女の子らしいイベントはあまり得意じゃない、なんとなく気恥ずかしくて、今までもスルーしてきたのに、一週間くらいまえから「俺ねー甘いもの大好きだかんね!」なんて、かわいく言われたら!渡さないわけには行かないじゃん!

今もそわそわとした様子を見せる菊丸を見ると、胸の辺りがむずむずして、どうしていいかわからなくなる。必死に下を向いて日誌とにらめっこするけれど、握った鉛筆はさらさらと動いてはくれない。



▽▲▽



「おわった…待たせてごめんね、帰ろ、」

普段の倍以上の時間をかけて、やっとかきおわった日誌を閉じて顔をあげると、菊丸は椅子の背もたれを抱え込むようにして、すーすーと眠っていた。

「うわ、気付かなかった…」

それほどまでに、一心不乱に日誌と向き合っていたのかと思うとその図は大分面白いことになってたんじゃないだろうか。

少し無理のある体制で眠っているというのに、菊丸は心地良さそうに寝息をたてている。その髪の毛にそっと手をふれると、セットしていたんだろうに、くしゃりと形を崩してしまった。それでも起きる様子のない菊丸のほっぺたをつんつんとつつく。少しみじろいだ菊丸の口からもれた言葉は、私の、名前。菊丸はいつもまっすぐ好きを伝えてくれるのに、私は全然素直じゃなくて、かわいくない。
そっと鞄から取り出したチョコレートを菊丸の前に置いて、彼に目線を合わせるように机に突っ伏す。すきだよ、小さく呟いて見せると、菊丸の目がぱちりと開いて、視線が、噛み合う、

「もっかい、」

「き、菊丸、いつから起きて…っ」

「名前が頭撫でてくれたとき、ね、今のもっかい言って?」

がばりと起き上がった私の顔に、同じように起き上がった菊丸の顔が近づく。途端に顔に熱が集まって、きっと今りんごみたいに真っ赤になってる。まっすぐに私を見つめるそのまん丸の目から逃れようと視線を泳がせると、机の上の手をぎゅっと握られる。そうしてまた、もう一回、と私に迫る。

「う、す、すき、だよ、」

「へへ、俺もすきだよん。ね、これは俺がもらっていいの?」

ふにゃりとした嬉しそうな笑顔を向けられると、恥ずかしさで今すぐ逃げ出してしまいそうになる。けれども、やわらかく握られた手は、それを許してはくれない。目の前に置かれたチョコレートを指差して、優しい声色でそう尋ねる菊丸に、消え入そうな声で、うん、と返す。

「迷惑じゃ、なかったら…」

「迷惑なわけ、ない!今日この為に学校来たって言ってもいい!」

さっきの飴がバレンタインだったらどうしようかと思ったにゃ〜なんて、冗談めかして言う菊丸がとても大事なものを扱うみたいに私のチョコを手にとる。

「ありがと!今日さ、手繋いで帰ろっか」

「…うん」

立ち上がって、少しだけ考えたあと、差し出された手に指を絡ませる。今日くらい、素直な女の子になりたいから。一瞬驚いたような菊丸は、すぐに笑顔になって、その手をきゅっと握り返してくれた。





130316/企画参加ありがとうございました!




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