これの設定です





どきどき、どきどき、全速力で走ったあとみたいに心臓が大きく脈うって、体中を血液がめぐってるみたいに頭のてっぺんから爪先、指の先まで熱をもっていた。ごくりと喉を鳴らしてもうあと一センチのところまで迫っていたインターホンを軽くおす。ピンポーンと小気味いい音が家の外まで小さく響いてきて、いよいよ心臓が破裂しそうなくらい大きな音をたてる。

「お、いらっしゃーい!」

がちゃりと開いた扉から顔をだしたのは菊丸先輩で、迷わなかった?とかけられた声に、はい!と大きく返事をして首を縦に振る。今日は、はじめての、いわゆるおうちデート、というやつです。



▽▲▽



「今飲み物もってくるから適当に座ってて〜」

その言葉に従って、邪魔にならなそうなところにすとんと腰を下ろした。どうやらご家族は出掛けているみたいで、持ってきた手土産は、菊丸先輩によって冷蔵庫の中へ、とりあえず第一ミッションはクリア、です。あとはこれを菊丸先輩に渡すだけ、なんだけど、これが一番の難関だったりする。

鞄の中に忍ばせた小さな保冷バッグには、昨日の夜に作った、少し不恰好なチョコケーキ。付き合って最初のバレンタインデー、なんて重要なイベントを、なんと、風邪をひいて寝込んで過ごした私は、今日の今日までどうするべきかぐるぐる悩んだ挙げ句、日付は過ぎちゃったけど、とりあえず渡すことが大事なんじゃない?という友達の言葉に後押しされて、決戦の日を迎えたのだ。

「でも、いろんなひとにもらったんだろうなあ…」

ぽつりと呟いて、小さくため息を吐いてから、部屋を見渡す。はじめての、男の子の、部屋。やっぱり自分の部屋とは雰囲気が違ってそんななかにある大きなくまのぬいぐるみが先輩らしい。

「それね〜熊の大五郎っていうんだよん」

「わ、先輩戻ってたんですか!」


「今来たとこ〜苗字さんアップルジュースでいい?」

「あ、大丈夫です!ありがとうございます」

ガラスのコップを机の上においた先輩は、大五郎って名前らしいくまのぬいぐるみをぎゅっとだきしめて腰をおろした。

「こいつは俺の相棒なの」

「へえ、かわいいですね、ちょっと先輩に似てます」

「え〜?そーお…?」

「はい、目がくりくりしてるとことか、かわいくて」

「それ、あんまし嬉しくな〜い!」

ほっぺたをぷくりと膨らませて、ぷいとそっぽを向いて拗ねる先輩の様子にくすくす笑う。抱きしめられていた大五郎は元の位置に戻され、先輩の目が真っ直ぐ私を向いて、私の名前を呼んだ。

「苗字さんさあ、なんかあった?」

「え?」

「さっき、ため息吐いてた」

どうやら聞かれてしまっていたらしいさっきのため息の理由は、先輩に正直に話すのは恥ずかしい
、子供っぽいただの焼きもちだ。何も、そういいかけて先輩を見ると、本当に私を気遣ってくれていることが分かる心配そうな、少し不安そうな顔をしていた。ああ、この人に嘘はつけないや。

「バレンタイン…」

「にゃ?」

「バレンタインのチョコ、いろんな人からたくさんもらったんだろうなって…」

「…俺?」

どんどん小さくなる声で白状すると、先輩は不思議そうな顔で自分を指差した。それに答えるようにこくりと頷くと、先輩から返ってきた言葉は「俺、もらってないよ」って、え?

「どうして…」

「え〜?そんなの、俺の彼女が苗字さんだからに決まってるでしょ?」

「でも、先輩甘いもの好きなんですよね?去年はたくさんのチョコ袋いっぱいに抱えて嬉しそうに…」

「去年は去年!俺が今年欲しかったのは苗字さんのだけだもん」

真っ直ぐに届く言葉に胸がきゅうっとなった。先輩は私を喜ばせる天才だ。受け取ってもらえなかった子たちには申し訳ないけれど、どうしようもなく、嬉しい。先輩の言葉に勇気をもらって、保冷バッグに手を伸ばして、先輩に呼び掛ける。

「私、当日、いなかったじゃないですか、」

「あー、もうね、放課後になっても音沙汰ないからもしかして貰えない!?と思ったらまさかの風邪だもんにゃ〜」

「う、ごめんなさい…」

「あ、別に責めてる訳じゃないかんね!」

項垂れる私に慌てて気にしないで、って言ってくれる先輩の優しさにまた申し訳なさが溢れてくる。私、彼女失格だなあ。

「先輩、」

「何〜?」

「あの、すっごく遅くなったんですけど、これ、バレンタインチョコ、です」

「えっ!?」

覚悟を決めて、おずおずとそれを差し出すと、先輩の瞳が急にきらきらと輝いて「まじで?いいの?俺がもらっていいの?」なんて、

「私が去年も、今年も、あげたかったのは先輩だけです。」

たくさんの菊丸先輩へのチョコに圧倒されて結局渡せなかった去年のチョコの分も、だいすきを伝えたくて、柔らかく微笑んでみせる。それに応えるように先輩もまたふわりと笑った。

「すっげー嬉しい。ね、食べていい?」

「はい、あの、笑わないでくださいね」

私が言い終わる前に既に開かれていたケーキの箱をのぞきこんだ先輩は、それはもう嬉しそうに私に向かって、ありがと!と言った。ケーキが先輩の口に運ばれていく間がすごくスローに感じられて、ひどくどきどきする。

「ん、あま」

「味、大丈夫ですか?」

「うん、超うまいよん!苗字さんも食べてみる?」

「あ、味見はしたんですけど、先輩のお口に合うかどうか、」

心配で、そう続けようとした私の視界が、菊丸先輩でいっぱいになって、唇に柔らかい感触。頭の中で状況を理解する前に、口のなかに広がる甘い味に感覚が支配される。

「ね、甘いでしょ?」

「え、え!?」

驚いて混乱したままの私に「今日の苗字さん、すっげーかわいいんだもん」なんて、言い訳になってない言い訳をする先輩の顔はいたずらが成功した子供みたいな笑顔で、かわいさと少しの色っぽさが混ざったその顔に、今日いちばん、どきどきした。

「来年は、ちゃんと当日に渡します、ね」

「うん、待ってるよん」

はじめてのお家デートにはじめてのバレンタイン、それから、はじめての、キス。はじめてだらけの2月のある日に、また来年の約束をする。それまではこのまま、先輩の隣にいられると、思っていいんだよね。




130304/企画参加ありがとうございました!




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -