夕陽が射し込む教室で、かわいい絵がプリントされて、口がピンクのリボンできゅっと結ばれたナイロンの袋にいれられているパウンドケーキとにらめっこする。昨日の夜に少し寝不足になりながら作ったこのケーキは、結局役目を果たすことはなかった。

「結局、渡せなかったなあ…」

机のうえにちょこんとのったそれを指先でつんとつついてため息をついた。大人気のテニス部レギュラー陣は、毎年一年に一度のこのイベント、バレンタインデーのときは抱えきれないくらいのチョコレートをプレゼントされていて、休み時間の度の呼び出しに、気付いたら周りを取り囲まれている状況だ。それは同じクラスの大石くんも例外ではなくて、私が近寄る隙は全く無かった。

もう一度小さなため息を吐いて、もう帰ろうと椅子から腰をあげる。机の横にかけられた鞄を手に取ったとき、教室の扉ががらりと音をたてて開いた。

「あれ、苗字さん、今帰り?」

「う、うん…」

扉の向こう側から顔を出したのは、なんと大石くん本人で、まさかの偶然に驚いて、まじまじと見つめてしまった。噂をすればなんとやら、ってやつだろうか。今日日直だったっけ?とか、いつもの優しい笑顔で話しかけてくれる大石くんに胸がきゅんとする。

「ちょっと考え事してたらこんな時間になっちゃった。大石くんは?部活終わったの?」

「今日は自主練だったから、いつもより早めに上がれたんだよ」

「そっか、でも自主練なのにこの時間までって充分遅いよ…大石くんすごいなあ」

「はは、ありがとう。でも俺なんてまだまだだよ」

「…っそんなことないよ!」

眉を下げて笑いながらそんなことを言う大石くんに、つい大きな声で反論してしまう。だって、大石くんがすごく頑張ってることも、そのうえでちゃんと周りを見て気を配っていることも、ちゃんと知ってるから、ちゃんと見てたんだから。そんな風には言えなかったけれど、私の突然の大声に驚いていた大石くんは、少し照れたような顔で、ありがとう、って言ってくれた。やっぱり、すきだなあ。

「大石くん」

「うん?」

「部活、お疲れさま」

「ああ、ありがとう!」

「えっと、疲れた時って、甘いもの食べたくならない?」

「え?そうだなあ…確かに疲れた時の甘いものは元気が出るかな」

大石くんのその言葉をきいて、背中に隠していたパウンドケーキを恐る恐る前に出す。いっぱい貰ってると思うんだけど、やっぱりどうしても渡したくて、そんな風に言ってそっと大石くんにそれを差し出した。

「俺に…?」

こくりと頷いて見せると、手のうえのケーキは私より随分大きい手によってひょいと持ち上げられた。それを追って下を向いていた顔をあげると、目に飛び込んできたのはいつもの優しい笑顔とはちょっと違う、照れたような、嬉しそうな、大石くんの、笑顔。

「ありがとう!その…すごく嬉しいよ。本当に俺が貰っていいんだよな?」

「も、もちろん!」

「そっか…あのさ、苗字さん、今日よかったら…一緒に帰らないか?」

「え?」

「いや、その、もう日も落ちてきたし、暗いなか女の子を1人で帰すのは、ほら、危ないし、」

それに、もう少し苗字さんと話してたいんだ、まっすぐに視線をあわせてそう言った大石くんの顔は、赤く染まっていて、これが夕陽に照らされたせいだけじゃないといいなって、そう、思う。既にまとめてあった鞄を手に取って、よろしくお願いします、って頭を下げたら少しだけ大石くんに笑われてしまった。ああそうだ、今日はいつもよりちょっとだけ遠回りをして帰ろうか。





130219/企画参加ありがとうございました!




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