「もーやだ!」

その動きを止めて久しいシャープペンシルを投げ出して背もたれにしていたベッドの上にぼすんと体を預ける。いくら受験生だからってここまで勉強漬けの毎日じゃあ解ける問題も解けなくなりそうだ。続かない集中力は場所を変えても変わらなくて、むしろ図書館や学校じゃ周りが気になって落ち着かないからこうやって家での勉強に落ち着いた訳だけど。

「あれ、名前さん休憩?ちょうどよかった。ジュース持ってきたよん」
「菊丸くんが天使に見えるよ…」

家は家でも今日は彼の家にお邪魔していたりする。家族に見張られているのもなんだか居心地が悪いし、かといって一人では絶対にサボってしまう。そんな葛藤の末に編み出した苦肉の策がこれだ。笑顔でジュースを差し出してくる菊丸くんは現在高校一年生なので、受験までは後2年も余裕がある。ああなんてうらやましい。

「頭が沸騰してしまいそうだよ〜」
「よしよし、今日のノルマ終わったら俺特製チーズケーキ食べさしてあげるからね」
「ほんと!?わ〜菊丸くんのケーキだいすき〜」

彼の言葉で一念発起。よし、と先程投げ出したシャープペンシルを握り直して机に向かうのだ。つくづく扱いやすい女だなあなんて我ながら思うのだけど好きなものは好きなんだから仕方がない。ケーキも、菊丸くんも、私を元気にしてくれる魔法のアイテム。さっきまでとはうってかわって、鼻歌混じりにペンを進める私に「ねえ、」と菊丸くんからお声がかかる。

「そろそろそれやめない?」
「それ?」
「菊丸くん、ってやつ」
「あ〜〜〜」

この台詞を聞いたのももう何度目だろうか。菊丸くんは以前から何度も何度も私に名前で呼んでほしいとお願いをしてきている。けれどそのお願いを私は毎回スルーしてきているのだ。なんでって、そんなの、恥ずかしいから、の一言に尽きる。出会ってからこれまでずっとこの呼び方だったのに、いきなり変えましょう、なんて。やろうと思ってできることじゃあないと、思う。少なくとも私は。それでもまるで捨てられた子犬みたいにかわいい瞳でお願いされたら、無下にするわけにもいかなくて、

「う〜〜〜……じ、受験終わったら、ね?」

悩んだ末に出した決断は問題の先のばしでしかなかったけれど、それまでにはもう少し心の準備ができているかな、なんて淡い期待。「まじ!?やったあ!」なんて全力で喜ぶ彼の姿に知らず知らずに頬が緩んでしまう。ああもう、惚れた弱味ってやつだろうか。ゆびきりげんまんをしようと出された小指にするりと自分の小指を絡めてしまおう。

「ゆーびきりげーんまんうーそついたらはーりせんぼんのーます!ゆーびきった!約束だかんね!」
「はい。ちゃんとそれまでには呼べるように頑張ります。」
「んじゃ、俺は名前さんが無事受験終わるように全力で応援するね!」
「………私はいい彼氏を持ったなあ…。」

しみじみとそう呟くといつもはかわいい笑顔を浮かべているその顔が悪戯っぽい笑い方に切り替わって「今さら気づいたの?」だなんて。そうしてすぐに嬉しそうにぎゅうっと抱き締めてくれたりするから、ああもう、菊丸くんのためにも失敗はできないなあなんて思ってしまうのだ。


(130924)




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