「貸せ」

うんうんとうなりながら背伸びをして、身長の高い先生の書いた、消す人に不親切な黒板の字と格闘していると、後ろからするりと伸びてきた手に黒板消しを奪われた。この声は、

「阿部くん」

さすが男子、私の届かなかったチョークで書かれた文字たちは、その姿をどんどんと消し去っていく。1分も立たないうちに元の何も書かれていない状態に戻った黒板は、ほら早く次を書いてとでもいうように、その深い緑色を主張させていた。

「ごめん、ありがと」

「別に」

いいよ、阿部のその声と重なるように廊下から笑い声が聞こえてきた。二人してその声のする方に目を向けると、くりっとした大きなまあるい目がかわいい男の子がいて、彼は阿部を指さしてまた笑った。別に、だって、かっこつけちゃってさー、そんな風に阿部をからかう男の子。ああそうだ、どこかで見たことあると思ったら、彼もまた、野球部の1年生だ。確か泉くんだっけ、と記憶をたどっていると、その後ろからひょっこりと顔を出した女の子が私に手をふる。あ、と呟いて私も小さく手を振りかえして、がんばれ、と口だけを動かして伝えた。彼女はこくりとうなずくと、ピースを作って見せて、それからやわらかく笑った。ぼんやりとしたイメージでしか浮かんでこない他クラスの野球部員の中で、泉くんだけを鮮明に覚えているのは、彼女のせいだ。小学校からの友達であるこの子は、どうやら泉くんが気になるらしい。私の知っている野球部の話は、全部この子から聞いたもので、泉くんの隣ではにかむ彼女を見て、純粋に、いいなあ って思った。

「先行っとくからお前も早く来いよー」

「おー」

泉くんは私の持っているものとは違うクラスが表紙に書かれている日誌をひらひらと振って、去って行った。高校のこの週番制度は、たくさんの気持ちを溢れさせるお手伝いをしているようで、からかわれたのを気にしているのか、ほんの少しだけ照れたように頬をかく阿部の横顔に、また知らない顔を見ることができた、と、心がはねた。







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