「えーっと…菊丸英二です、」

久しぶりにきいた先輩の声は、電話越しだからか、記憶にあったものよりほんの少しだけ低かった。先輩のいつものあの明るいテンションじゃなくて、なんだかひどく戸惑ったような声音のせいもあるかもしれない。

「…苗字です」

「うん、あの、この間のこと、誤解の無いように説明させてほしくて電話しました」

妙にかしこまった口調で、いきなりごめんね、から始まった先輩の話は、桃城くんたちからきいていたことと、お兄ちゃんからきいていたことのまとまったもので、あのこたちにあれよあれよと私の家へ向かうように仕向けられたうえ、大変な勘違いをしたお兄ちゃんに部屋にあげられ、慌てながらもしっかりとプリントを届ける役割を果たして急いで帰ったらしい。

勝手に部屋にあがっちゃってごめんね、そう謝る菊丸先輩に非は全くないというのに、多分根っこからいいひとなんだろうなあって思った。

「あ、あの、大丈夫です!先輩全然悪くないし!むしろ友達やらお兄ちゃんやら迷惑かけてしまったみたいですみません!」

「ううん、ちゃんと言えなかった俺も悪いんだし、傘、また今度返すね、それじゃあ、」

「ま、ってください…!」

切られそうになった電話を、咄嗟に声を出してとめる。だってせっかく繋がった先輩との細い糸なのに。電話の向こうで空気が震えるのがわかる。あ、先輩ちょっと緊張してるのかな、なんて、わかったようなことを考えてしまう。というか、引き留めたはいいけど何も考えてないや、まあ、いっか、もうヤケだ!

「私、先輩がすきです!」

「…へ、」

「先輩が好きだから、話せなくなるのは寂しいです。彼女にしてほしいとか、そういうんじゃなくて、少しお話できたりするだけでいいんです。嬉しいです。だから、避けられるのはちょっと、きついなあ、なんて…」

言った。言ってしまった。早口で言いたいこと言って、最後のほうはどんどん小さくなっちゃって、こんな告白になるなんて、思いもしなかった。けど、でも、これが私の気持ち、だ。

「…苗字さん、」

「は、い」

「ごめんね、きかなかったことに、します」

この電話で何回目かのごめんねの言葉を聞く。菊丸先輩の声がひどく遠くに聞こえて、電話が切られた後の電子音がいつもより数倍遠くにきこえた。

ああこれはつまり失恋ってやつだろうか。



13.見えない星を探す

121118






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