一度気付いてみると、それはもう、分かりやすすぎるほど分かりやすく、私は先輩に避けられているようだった。広い学校なわけで、意図的に避けようとするなら、1日会わないことだってできる。そうやって距離をとられてしまえば、私からメールするなんてこともとてもじゃないけど出来なかった。男の人にしてはマメな先輩からの返信が来なかったときのことを考えると、送信ボタンを押す手が止まってしまうのだ。見てるだけで幸せだったのに、ほんのすこし近づけただけで、随分欲張りになってしまった。

逃げていく幸せなんてもうほとんど残っていないだろうに、今日何度目か分からない溜め息をつくと、余計気持ちが沈んでいく。

「ちょっといい加減にしてくんない?こっちまで落ち込んでくる!」

「だって〜…私何かしちゃったのかなあ…」

うじうじ、そんな言葉がぴったりな程鬱陶しく落ち込んでいる私に、ついに友人がキレた。

「理由なくシカトとかする人じゃないだろうし、何かあるでしょ。覚えてないの?」

「わかんない…」

はあ、とあからさまに溜め息をつかれて、小さく唸る。だって分からないものは分からないのに。私だって色々考えてみたんですよ。窓にあたる雨の音が軽い音から少し強めの雨に変わって、いい加減帰ろうかと重い腰をあげる。この間まで、なんだか菊丸先輩に会えるような気がして、少しだけうきうきしていた雨の日も、昔みたいにじめじめしたものにしか思えなくて、とても寂しいなあ、なんて





いつも通り鞄の底で出番を待っている折り畳み傘を差して家に帰ると、生活時間のずれのせいで最近はあまり顔を合わせていなかったお兄ちゃんがいた。あたたかそうなココアをのみながら、おかえりーなんて呑気に言う声に、小さくただいまを返す。

「なんだー元気ないな。彼氏と喧嘩でもしたか?」

「だから、私彼氏いないって…」

「ん?でもこないだお前が風邪ひいてる時にお見舞い来た子、彼氏だろ?部屋まであげちゃったけど」

あら、風邪うつらなきゃいいけど、なんてお兄ちゃんの言葉をきいてのんびりとそう言うお母さんの声も右から左に通り抜けていった。つまり、どういうこと、ですか。髪の毛ぴょんぴょんってして、ここんとこ絆創膏はってあって、お兄ちゃんが説明する"彼氏"はどうあがいても菊丸先輩のことで、ああやっぱりあのこ達の策略は成功していたんだ。ていうか、部屋にあげたって、

「……お、お兄ちゃんのばか!」

突然の罵倒にきょとんとしてるけど、これくらい許されるはずだ。つまり、私が寝てる間に先輩が来て、そして帰っていった。寝顔とか、パジャマとか、ぼさぼさの髪とか、もしかしたら寝言とか、全部全部、菊丸先輩は、

考えるだけで恥ずかしさでしんでしまいそうだ。顔を真っ赤にしながら自分の部屋に駆け込んで、そのままベッドにダイブ。片手に持った携帯電話とにらめっこして数分、メール作成画面を開いた。この際返ってこなかったらどうしようとか、言ってる場合じゃないんだから、そう言い聞かせて、送信ボタンを押した。



『こんにちは先輩、あの、もしかして、この間家に来てくれました、か?』



そのたった数行のメールを送るのに、全ての気力を使い果たして枕に顔をうずめる。なんか逆に返ってこないほうがいいかな、なんて思い始めたころ、携帯が鳴った。

「なんで!?」


着信:菊丸先輩


そこに表示された文字は思いもよらないもので、だってまさか、避けられてるだろう相手から電話がくるなんて思わない。あんなにまた話がしたいと思っていたのに、いざとなると怖くなって、恐る恐る携帯に手をのばし、震える指でボタンを押した。

「も、もしもし」





12.賭け引きをしましょう

121117





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