・ヒロイン名:佳穂 (座敷に上がる時の名前:藤花) ・七緒≠ヒロイン ・舞台は京都の茶屋 ・ルート的には桂さんに茶屋に預けられたとき ・桂と七緒、和助とヒロインで既にペア ・赤根さんぼっち(…) ・乱暴な客が出てきたところです ・廓言葉はフィーリングが大切 ・佳穂は七緒ちゃんと同じく現代人 ***** 女性の短い叫び声が聞こえた途端、近くの座敷の襖が乱暴に開く。そこから出てきたのは何らかに憤慨している様子の武士だ。 「俺が少し触っただけで悲鳴を上げるとは…!」 いきり立ちながら武士数名が廊下で唖然とする私たちの前を通る。その時ふと聞こえた言葉は決して呟きなんて大きさの声じゃない。皆に聞こえるように言っているけれど、ここは決してそんなお店ではない。そういうことを望むなら遊郭へ行けばいい。ここは吉原なんだから。 ドスドスと足音荒く、肩で風を切りながら横柄な態度で廊下を歩く武士を憮然と見上げる。その態度がどうも気に入らなかった。すると私のその視線に気づいたのだろう。一番最後を歩いていた武士が私と目を合わせると明らかに眉を寄せ不機嫌顔になる。 「……何だ、女。その目は」 「……いえ」 その男が荒い足を止めると、前を歩いていた男達も足を止めて顧みる。 見下すように視線を投げられたから睨むように見上げると、男はぴくりと眉を動かしていちゃもんをつけ始めた。 「その目は何だと聞いている!俺にたてつくと言うのか?!」 「──いえ、決してそのようなことは」 「佳……藤花さん…!」 語調と鼻息を荒くして私に迫りくる武士に微笑を見せる。無論、侮蔑を込めてだ。その意味が伝わったのだろう。額の血管を浮かび上がらせた武士は「ふざけるな!!」と喚いた。先を歩いていた他の武士も私の言葉に再び怒りを募らせたらしかった。一人は「貴様我らを愚弄しているのか!」と怒声を浴びせたけれど、もう一人は、七緒が私を呼ぶ声を聞いたらしい。 途端に怒りをすっと消して、興味を含ませた物珍しげな顔をしている。 「藤花……貴様、もしや特遊郭の藤花か」 「おや。……こなたに乱暴なお方々なんぞが、わっちをご存知で?」 「噂は京まで届いているからな。清菊付きの振袖新造でありながら人気はそれに逼迫するとか。そして、その生意気さもな」 ふうん、なるほど。京にまで私の名前が。 『特遊郭』の名が出た時点で私は仮面を被る。一番に興味を示した武士──大柄な武士を見上げると、彼はますます興味を持ったようだ。大柄な武士の言葉で他の武士達も記憶の隅に置いていた箱を開けたらしい。怒りは冷めたが無遠慮な眼差しが注がれる。ああ面倒で気持ち悪い。 「生意気とは酷い言われようでありんすなぁ。……『粋』というのが相応しいでありんしょう」 「ふん。『粋』なものか。生意気で十分だろう。客にそのような物言い」 「おや失礼いたしんした。何せ……わっちらを贔屓にしてくださる旦那様方は『粋』を分かっておられる方々…。この程度、笑ってお過ごしくださる方々でありんすから」 くすくすと嘲りを見せると大柄の男はぐっと言葉を呑み込む。 こんな乱暴で横柄な男──黙らせればいい。 「……そこまで言うのだ。貴様、どれほどの器量か見せてみよ。舞え」 「何故、わっちが。花代を頂けるわけでもない旦那に舞を見るのでありんしょう」 「花代は出す。貴様が望んだほどな」 「──それに」 にやりと下卑た笑みを見せる男達に鳥肌が立った。全く、勘違いをしてもらっては困る。私はあんたなんかのために舞わないし、いくら花代をもらったところで舞うわけがない。そりゃ花代は大切だけど、こんな下卑た野郎共の花代如きでほいほい要求を呑んでは面方をして働けるわけがないじゃない。 女に触りたいなら他の遊郭へ行け。お前らの思考回路なんて見え見えすぎて吐き気がする。 「愚劣な策は見え見えでありんすえ。わっちを襲おうなど考えるとは愚かとしか言いようがありんせん。ああ、恐ろしい。どなたかわっちを助けてくださんし」 どうせ、この武士達は私を部屋で回せるという名目で連れ込んで襲おうとでも考えているのだろう。手に取るように分かる思考に鳥肌が立つ。そんな下衆が見せる笑みなんてそれしかない。他の座敷にも聞こえるようにわざと声を大きくしていうと、眼前の男たちは瞬時に顔を赤らめた。勿論、羞恥でだ。後ろで七緒が小さな声で止めようとするけれど私はそれを無視する。 ああ、けれどこれ以上の大声は可哀想か。 せめてもの慈悲を見せた私はそっと微笑み、声を抑えた。 「特遊郭を知っているのなら、そこにいらっしゃる旦那様方もどんなお方かお分かりでありんしょう?それも分からないほど愚弄ではないと思っておりんすが……」 「……っ」 「ああ、本当に、恐ろしい」 馴染みの大尽に話した、その後の彼らの結末が──。 それを汲み取ったのだろう。男たちは額に汗を浮かべて、言葉を呑みながら踵を返す。やはり騒がしい足音を立てて遠退く背に、嘲笑を向けてやがて勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。 ●●● 「馬鹿野郎!!」 それから暫く経った日のこと。座敷の一つで怒声が飛んだ。 それは勿論、私に向けてだった。 「何を危ねぇ真似してやがんだ!その場は乗り切れたものの、もしかしたら刀を抜かれてたかもしれねぇんだぞ!」 「で、でも和助さん!佳穂さん本当にすごかったんです!新選組を大人しくさせて、帰らせたんですよ!そのあとお店の人からも感謝されて……」 「感謝されたされねぇの話じゃねえ!危ないことをすんなっつってんだ!」 暫くぶりに会ったって言うのに、和助さんてばさっきからそればっかりだ。桂さんと七緒ちゃんはちょっと甘い雰囲気見せたのに……。 最初はこんなに怒られる雰囲気じゃなかった。会えた喜びに浸って楽しく談笑しお酒を飲んでいたはずなのに、赤根さんおぽろっと溢した一言から和助さんにお説教される羽目に。和助さんの目の前で正座させられた私は、彼を見る事すらできずに膝に置いた手をただ見つめる。時折七緒ちゃんが助け舟を出そうとするけれど、どうも怒り心頭の和助さんには通用しないらしく私のお説教をするばかりだ。 ちらっと桂さんを窺ってみても「あんたが悪いよ」と言わんばかりに助けてくれない。赤根さんはと言えば目が合うと「すまん、佳穂!」と顔の前で両手を合わせて謝られた。赤根さんが悪いわけではないから責めたりはしないから、大丈夫ですよ。 それにしても……何で怒られてるんだろう。 そりゃ新撰組相手に危ない喧嘩吹っかけたなっていう自覚はあるし、危ない橋を渡ったって自覚もある。私は長州側に加勢している立場だから。そこで一悶着あればもっと大事になっていたかもしれないって反省もしている。それなのに…。 「おい聞いてんのか佳穂!」 「……もう!聞いてますよしっかり!嫌でもその大きな声が耳に入ってくるんですから!」 「ならしっかり俺の顔を見て聞け!」 従うのは癪に障ったけれど、顔を上げなければこれ以上進まないだろうと、私は恐る恐る顔を上げた。 すると、やっぱり怒り顔の和助さんがいる。目を吊り上げて腕を組んで私を見ていた。 「いいか、これ以上危ねえ真似はすんじゃねえぞ」 「…………はい」 今まで怒声だったのに、目が合った途端優しい声を出すから思わずときめく。そんな落差が好きだったりするから、惚れこんでいる私の負けなんだと思う。そのまま目を合わせているもの何だか気まずくて、またそろそろと視線を膝に戻す。──と、視線を落とそうとしていた時。今まで傍観に徹していた桂さんがふと開口した。 「佳穂。和助はね、あんたのこと心配して言っているんだ。あんたじゃなきゃここまで和助は怒らないよ」 「おい、桂」 「そうそう。佳穂だから和助もこんなに熱くなってんだ。佳穂を想ってのことなんだよ。分かってやってくれよ、な?」 「武人まで、やめろ」 桂さんを諌める声を遮って赤根さんも続ける。ウインクまでしてだ。 和助さんが尚も諌めるけれど、二人はそんな声が聞こえないとでも言うように不意に立ち上がる。 「ああ、そうだ、俺はちょっと外に用事がある。ほら、七緒も行くよ」 「え?あ、あの、桂さん?」 「いいから」 「じゃあ俺は厠にでも行ってくるかな」 桂さんは七緒ちゃんを無理矢理連れ出し、赤根さんは明らかな嘘と分かる言葉で座敷を出ていく。さっきまで説教されていた私と、説教をしていた和助さんが座敷にぽつりと取り残される。このタイミングで二人きりにされるとか鬼……!きっと二人は気を遣ってなんだろうけれど、その気遣いが今の私には少し恐ろしい。止め役がいないからこれ以上説教されるかもしれないよ…。 けれど、そんなことは杞憂に終わったらしい。 膝に視線を落とし、どうしようと巡らせていた思考が突如遮断される。膝に乗せていた手を力強く引っ張られて、体勢を崩した。一瞬、何が起こったか理解できなかった。だって今まで説教されていたのに、っていうのがあるから。でも私は和助さんの腕の中にいた。 「あの……和助さん?」 「頼むから……っ」 不思議に思ってそっと見上げると、和助さんの苦しげな声が落ちてくる。背中に回った腕に力が込められた。 「頼むから、二度とこんな真似はすんな…っ!新撰組相手に戦おうなんざ、考えるな」 ──私、こんなにも和助さんを心配させたんだ。 落とされた囁きがひどく苦しそうで、胸が締め付けられる。 ぎゅっと尚も強く抱きしめられ、私はごめんなさいと呟いた。 この後も書きたいけど一度断念。 あのシーンで咄嗟に七緒ちゃんとは違う強いヒロインを想像するあたり夢書きなんだなあって思いました。 オチなしすみません |