「じゃあ皆で応援行くよ。」

兄のその言葉を聞いて私はしまったと思った。
調子に乗って今度の大会でレギュラーとして出るなんて言わなければよかった。
応援なんて恥ずかしいだろ!

「いい!来なくていい!」
「なんでだよ。多分ノリノリで応援してくれるぜ?」
「だからだよ!!」

悪い意味でお前ら三人は目立つんだよ!
頼む来ないでくれ!
数分前の調子に乗ってた自分が憎い。
来るなと言っているのにもう連絡してるし…。
私は兄に一発パンチを決め部屋へと帰った。



「おいタダクニ。お前その顔どうした?」
「ああ。おはよう唐沢。昨日妹に殴られてな。」
「またか…。今度は何をしたんだ?下着泥棒か?」
「そんなんじゃねーよ!!俺はただ応援に行こうと思って…。」
「応援?」
「妹がレギュラーに選ばれて、次の大会に出るんだよ。」
「さすがだな。」

さすがと言う言葉を聞いてタダクニは頬を緩ませた。
身内がほめられて少し嬉しいようだ。

「唐沢も一緒に行かないか?」
「いいが、お前来るなって言われたんじゃないのか?」
「お前あいつに気に入られてるから大丈夫だろ?」
「そうか?じゃあ行くとしよう。」
「今週の土曜日な。」





「って訳で唐沢も来てくれるってさ。」
「ふざけんなぁ!」
「ぐはっ!!」

私は腹を立てて部屋へと帰った。
最悪だ最悪だ…!
まさか唐沢さんまで来ることになるなんて…。
好きな人に負ける所なんて見られたくないのに。
失敗なんてしたらどうしよう。
応援に来てくれるのは素直にうれしいけど、活躍できなかったら…。
うー…おなか痛い。




その日から私は今まで以上に練習した。
絶対に無様な姿を唐沢さんに見せたくなかったから。
皆が帰る中で私は遅くまで一人残っていた。


いつの間にかあたりが暗くなっていた。
そろそろ帰ろうかと思った時、
「タダクニ妹?」
聞き覚えのある声が耳に入った。
振り返るとなぜか唐沢さんが立っていた。

「どうしたんですか?ここ中央高校ですよ?」
「パソコンの修理に呼ばれたんだ。すっかり手間取って遅くなったが、まさか妹がここまで練習熱心だったとは。」
「見てたんですか!?」
「ああ。やっぱりレギュラー入りしたからか?」


違います。
あなたに良いところを見せたかったからです。
そんなこと言えるはずもなく、私ははいと普通の返事をした。



「帰り送って行く。早く準備しろ。」
「え…?送ってくれるんですか?」
「女子一人で帰るのには危ない時間だろ。」
「今まだ七時ですけど…。」
「ここでお前を一人で帰らせたらタダクニに怒られるだろうし。」
「そう…ですか。じゃあ送ってもらいます。」


私は急いで部室に戻り、適当に制服を着て荷物をまとめ、早々と唐沢さんの元に戻った。
思いのほか早かった私に驚いたのか言葉をなくしている。


「早いな。女子っていうのはもっと時間がかかるもんだと思っていたんだが。」
「待たせるのも悪いんで。行きましょう。」
「ちょっと待て。」


待てと言われたので歩くのをやめると、唐沢さんが私のリボンに手をかけた。
何をされるのかと思ったら、きちんと締めていなかったボタンを締め直された。
第一ボタンまで締め終わると、またリボンをつけ直してくれた。


「女子なら服装ぐらいちゃんとしてから出てこい。」
「は…はい。でもいきなり女子のボタン外すのもどうかと思いますよ?」
「…外すぞって聞けばよかったか?」
「言ってくれたら自分で直しました。」
「…そうか。悪かったな。じゃあ行くか。」


暗い帰り道を唐沢さんと並んで二人で歩いている。
それが嬉しかった。
恋人同士みたいだなんて柄にもなく考えたりもする。


「静かだな妹。」
「へ!?そうですか?」
「まあ普段からクールだもんなお前。」

帰り道離したのはたったそれだけ。
いつの間にか家についていた。
ありがとうございましたと私が頭を下げると、唐沢さんは笑いながら練習がんばれと言った。
それだけで私は明日の練習も頑張れる気がした。
とうとう大会当日になった。
大丈夫。あれだけ練習したんだから。
それに唐沢さんも応援してくれたし…。
兄貴たちはもう来てるらしい。
目立つから多分分かるな。

「めーちゃん行くよー。」
「はい。」




コートに入るとすぐに見つかった。
バカ兄貴たちが。
タダクニ妹と書かれた旗を振っている。
あのメガネ…試合終わったら殴る。
ぶん殴る!
そう決意したと同時に試合開始のホイッスルが鳴った。
私にパスが回ってきた。
私は相手の制止を振り切って走る。
練習の成果か前よりも素早く走れるようになった。
相手のガードを交わしながらゴールへ近づく。
客席から兄貴たちの声援が届いた。
いける!
私は思いっきりクロスを振りおろし、相手のゴールへとボールを入れた。
仲間が歓声を上げる。
先輩たちが駆け寄って来て兄貴たちが座っている方を指差した。
そこでは興奮しすぎて騒ぎまくっているバカたちがいた。
喜んでくれてる。
自分の事のように。
それはいいけどやっぱり旗は恥ずかしいな。





もう一度最初と同じ位置に付き、今度は私たちが守りに入る。
ホイッスルが鳴り、私は最初にボールを持っている相手の方をマークした。
背が高く私よりも上手な人だ。
走るのも早いし、すぐに交わされる。
だが私も負けじとくらいついて行く。
相手がパスを出そうとした瞬間私の体に衝撃が走った。
周囲がどよめくのが分かった。
一体何が起きたんだろう?
私の体は地面に倒れていた。
こめかみが痛い。
どうやら相手のひじが私のこめかみに勢いよく当たったらしい。
倒れた拍子に足もくじいてしまったのか痛くて動かせない。
頭の方の痛さが酷くて、堪らず涙が出た。
先輩たちに手を貸してもらいながら、私は棄権退場することになった。




試合が終わった時に聞いた話だと、私達中央高校は1対2で負けたそうだ。
痛さは引いていた。
でも涙が出た。
悔しくて悔しくて泣いた。
良いところも見せられなかった。
仲間にも唐沢さんにも。



「うっ…ひ…ああっ…。」
「妹…。」
「ん…ひっく…ぐすっ…。」
「妹。」
「ひっ…………え?」



扉の前には唐沢さんが立っていた。


「どうしてここに?」
「その足じゃ帰れないと思って。タダクニたちも向こうで待ってるから。」


そう言って唐沢さんは私の前で背中を向けてしゃがんだ。
これは…。


「おんぶ…ですか?」
「早くしろ。」
「私重いですよ?」
「気にしない。」
「………。」

私は唐沢さんの肩に手を置き、背中へと移動した。
唐沢さんの体温が感じられる。
医務室を出て外へ出ると雨が降っていた。
今の私にはぴったりだなと思った。
頭にぽつぽつと雨粒が落ちてくる。
唐沢さんに風邪ひくから中に戻るかと言われたが、私は首を横に振った。
あたっていたかった。
唐沢さんにはかからないように首元に腕を回し、さっきより強く抱き着いた。



「…応援来てくれたのに、私全然活躍できませんでした。」
「しただろ。一点入れた。」
「そうですけど…退場なんてしちゃって、私格好悪い…。」
「………俺はお前が練習がんばってたの知ってるから、格好悪いだなんて思わない。あいつらもな。だから元気出せ。あの一点入れたときのお前はすごく格好良かったよ。」



唐沢さんの優しさにまた涙が出た。
その言葉は嬉しかったけど、やっぱりいいところを見せたかったと思う私は欲張りなんだろう。
だから…


「唐沢さん、また応援来てくれますか?」
「……ああ。」
「今度こそ格好いいところ見せますから。」
「期待してる。」


試合後の雨はいつの間にか私の涙を流していた。





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