それは、初めての水着グラビア撮影のときのことだった。
グラビア撮影は何度か経験しているが、水着のみでの撮影はこれが初めてだ。
指定された水着に着替え、バスローブを羽織る。
スタジオは程よく空調が効いているが、体を冷やさないように、念のため。
そのまま打ち合わせをしていると、撮影の準備が整ったらしく、スタッフから声が掛けられた。
羽織っていたバスローブを脱ぐと、スタイリストに髪や肌に微調整を入れてもらった。
「バーナビーさんって、やっぱりキレイな体してるんですね」
「ありがとうございます。まあ、鍛えてますので」
「へー……あ、でも、陥没乳首なんですね」
「…………は?」
聞き慣れない単語が聞こえて、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
え?なに?かんぼつ?は?
「男性では珍しいですよね、陥没乳首って」
「はあ………」
「バーナビーさん乳首小さいし、体が綺麗だからそこまで気にならないですけど。腹筋とか脚に目が行きますから」
「…………そうですか」
なんだろう、なんだかとても貶められた気がする。
すぐにカメラマンに呼ばれ、撮影が始まった。
いつもなら全く気にならないライトが、今は異常に気になってしまう。眩しいくらい明るいライトに体を照らされることが恥ずかしいと思ったのは、生まれて初めてだ。
カメラマンに表情が固いと注意され、あわてて営業用の笑顔を作る。
そのあとも何度かNGを出され、今日の撮影はいつもの倍近く時間が掛かった。
気分が上がらないまま帰宅すると、時計の針は既に0時を回っていた。それだけ撮影が長引いたということだ。
荷物を床に放り出すと、着替えもしないままパソコンを立ち上げる。
すぐにブラウザを開き、『陥没乳首』で検索すると、画像付きで陥没乳首についての解説があった。
陥没乳首(かんぼつちくび)
乳房の内側に埋没した先天異常な乳首の事を指す。正しくは、陥没乳頭と呼ぶ。
原因としては乳管の長さが足りないことが主ではないかとの説が強い。
「…………乳房の内側に…乳首が埋没……」
ジャケットを脱ぎ、インナーをたくし上げて胸部を露出させる。
色素の薄い、ピンク色の乳輪は確かにあるが、中央にある筈の乳頭が見当たらない。
乳輪を軽く横に引っ張ると、埋没している乳首が少しだけ顔を出した。
「・・・・・・・・」
僕、陥没乳首でした。
更に検索してみると、陥没乳首に関する書き込みを数件見つけた。
開いてみると、『陥没乳首だと萎える』だの、『彼女が陥没乳首だったら嫌だ』だの、否定的な書き込みばかり。
これ以上見るのが耐えられなくなり、パソコンの電源を落とした。
自分の乳首を改めて観察すると、確かに乳頭が内側に引っ込んでいる。
今まで他人の裸体を見る機会も、他人に自分の体を見られる機会もなかったため、この乳首が一般的なものなのだと思い込んでいた。
「・・・陥没乳首だと萎える・・・・・・」
先程見つけた書き込みを、声に出してみる。
現在、僕は同じシュテルンビルトのヒーローであり、良きパートナーでもあるワイルドタイガーこと虎徹さんとお付き合いしている。
付き合って半年、ハグもキスも数え切れないくらいした。しかし、まだセックスはしていない。
このまま付き合っていたら、確実にセックスもすることになるだろう。つまり、裸を見られることになる。
もし乳首を見られて、虎徹さんに萎えられたらどうしよう。そんなの立ち直れない。
ならばセックスしなければいいじゃないかという話だが、大好きな人と繋がりたいという願望は僕にもある。
いつもたっぷりの愛情で満たしてくれる彼に、抱かれてみたい。
羽に触れるような優しさで僕の髪を撫で、唇にキスしてくれる。
そっと背中に手を回せば、柔らかく抱き締め返してくれる。
求めれば、その分の倍の愛情を返してくれる虎徹さんになら、喜んで”初めて”を捧げたかった。
ひとり悶々と考え込んでいると、携帯の着信が鳴った。
こんな真夜中に電話してくる人なんて、1人しかいない。
「……もしもし?」
『おっ、やっと繋がった。バニー、仕事終わった?』
「…はい、撮影が長引いてしまって……連絡できなくてすみません」
『いーって。仕事大変だったな。お疲れさん』
「ありがとうございます。・・・で、何か?」
『あ〜〜〜〜〜・・・・・・いや、電話してもなかなかお前に繋がらなくってさ、心配だから電話しただけ。なんも無くて良かったよ。おやすみ』
「・・・はい、おやすみなさい」
『・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・切らないんですか?」
『・・・・・・あのさ、』
「はい?」
『お前が心配で・・・・・・家まで来ちゃったんだけど』
「は、・・・・・・」
何でこんな真夜中に、とか、心配してくれたんだ、とか、わざわざ来てくれて嬉しい、とか。
そんなことを考えるより先に、電話も切らずに玄関のドアを開けた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・よっ」
「・・・・・なんで・・・・・・」
「言っただろ?お前が心配だったんだよ」
「・・・だからって・・・・・・もう、貴方って人は・・・・・はやく入ってください」
「・・・・・・追い返さねえの?」
「追い返す理由がありませんよ」
突然の来客を招き入れると、広いリビングにぽつんと置いてあるソファーに座っておいてもらった。
このソファーは、虎徹さんと付き合うようになってから買ったもの。今まで使っていた座椅子はもう使うことは無いが、一応部屋の隅に置いてある。
ソファーの前にはちょうど先程まで使っていたパソコンがあり、電源を落としておいて本当に良かったと思った。
「何か飲みますか?ビール買ってありますよ」
「・・・あー、酒はちょっと・・・コーヒーある?」
「ああ、今日は車なんです?」
「いや、そーゆーワケじゃなくて・・・や、車だけど・・・うん、そんなかんじ」
「・・・・・・?そうですか」
煮え切らない返事が気になったが、こうやって急に来てくれるのは嬉しい。
虎徹さん用にブラックコーヒーと、自分用に砂糖とミルクをたっぷり入れたカフェオレを作る。
それをおぼんに乗せて持っていくと、彼は他人の家だというのにすっかりくつろいでいた。
広いソファの真ん中に座っている虎徹さんの隣にぴったりくっついて座ると、カフェオレを一口飲む。
虎徹さんもブラックコーヒーを啜ると、「バニーの作るコーヒーはうまいな」なんて言って頭を撫でてくれた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
しんとした部屋に、コーヒーを啜る音と、テーブルにカップを置く音だけが響く。
虎徹さん、どうして今日はこんなに口下手なんだろう。いつもならどうでもいい話をしてきたり、スキンシップを求めてきたりするのに。
「・・・あのさ、こんな夜中にいきなり押しかけてごめん」
「いえ・・・・虎徹さんがいきなり押しかけてくるなんていつものことじゃないですか」
「あ〜〜〜・・・それもそうだな、うん」
「それに・・・来てくれて嬉しかったです」
膝に置かれた虎徹さんの手に自分の手を重ねて、精一杯の笑顔で笑いかけた。
先程の撮影では作り笑顔しか出来なかったのに、彼の前だとこんなに自然に笑える。
「・・・バニー、可愛い」
「へ・・・・・・?」
「可愛い・・・なんでそんな可愛いことすんの・・・」
肩をぐっと抱き寄せられ、そのまま唇が重なる。
何度も何度も角度を変えて軽いキスを繰り返し、あたたかい舌が入ってくる。
ディープキスは初めてではないのに、慣れなくて緊張してしまう。
強張った体を大きな手で優しく撫でられると、力が抜ける。
「ンぁ・・・っふ、ぅ、」
「・・・バニー・・・・・・」
「・・・こてつさ・・・っぁ、や・・・っ」
ゆっくりと腰から臀部にかけて撫でられ、思わず声が洩れる。
今までされた、慈しむような手つきではなく、もっといやらしい手つき。
それが何を意味するかなんて、いやでも分かってしまう。
今の僕が最も恐れていて、でも期待していること。
「・・・バニー、続きしたい」
「・・・ぁ・・・・・・」
「・・・だめ?」
「だ、だめ・・・じゃ、ないです・・・」
心を決めて、消え入りそうな声で伝えると、ふわりと体が浮いた。
虎徹さんにお姫様抱っこされている。此処でしないのかと尋ねると、ベッドの方が身体に負担がかからなくて良いそうだ。
そう言った虎徹さんの顔は真剣で、彼がお酒を飲みたがらなかった理由が分かった気がした。
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