若いふたりがお付き合いを始めてから、早1ヶ月。
バーナビーとイワンは、何も進展しないでいた。
イワンは悩んでいた。
そもそも本当に自分たちは付き合っているのだろうか。
もしかしたらバーナビーにとっては遊びでしかないのだろうか、と。
今日は、実は付き合って1ヶ月記念日だったりする。
バーナビーは覚えてないかもしれないけれど、自分にとって今日は特別な日だ。
仕事のあと、断られるのを承知ででバーナビーを自宅に誘ってみたら快くOKしてくれた。
雲の上の存在でしかなかったバーナビーが、今自分の一番近くに居る。
それだけでイワンにとっては十分だった。
「折紙先輩、これは何ですか?」
座布団の上に座ったバーナビーが見ているのは、日本のとある老舗着物ブランドのカタログ。
そこには日本の伝統衣装である着物が載っていて、イワン自身お気に入りの雑誌だった。
初めてイワンの自宅に来たバーナビーは、イワンの純和風の家に興味津津だった。
掛け軸や座布団、急須、畳、とにかくイワンの家のもの全てにキラキラと目を輝かせるバーナビーを見るだけで、イワンは嬉しかった。
「それは着物っていって…日本の伝統衣装です」
「へえ…綺麗ですね」
「バ、バーナビーさんに、似合うと思いますっ」
「本当ですか?どれが似合うと思いますか?」
「えっと……こ、これとか……」
イワンは鮮やかな赤の生地に、大きな牡丹の柄があしらわれた着物を指差した。
どう見ても女物だが、バーナビーには男物の地味な色は似合わない。派手過ぎるくらいの真っ赤がバーナビーの魅力を引き立てると思った。
「え?どれですか?」
「だからこれ……ッ!?」
雑誌のページを良く見る為に身を乗り出すと、必然的にバーナビーと顔が近くなってしまう。
こんなに間近でバーナビーの顔を見るのが初めてで、イワンは反射的に後ろに飛び退く。
しかしバーナビーはそれを許さないとでも言うように、その整った顔を近付けてきた。
「……折紙先輩?」
「ッは、はいっ!?」
「先輩は覚えてないかもしれないですけど……今日は、先輩が告白してくれた日から1ヶ月なんですよ」
「………え……」
「…やっぱり忘れてました?」
「ちがっ…逆です!バーナビーさんが…まさか覚えててくれるなんて思わなくて…僕ばっかり好きなのかと…」
「……は?」
思ったままのことを口にすると、バーナビーは気分を害したように眉根を寄せた。
「折紙先輩の…いつまでも片思いみたいに思ってるところ、嫌いです」
「………」
「もっと…先輩がしたいことしてくれていいのに」
「え」
「……キスとか」
「ええッ!?い、いいんですか!?」
「良いっていうか……僕もして欲しいし……ん、」
目を瞑り、軽く唇を尖らせてこちらを向くバーナビー。
それがキスの合図だということは、恋愛経験が少ないイワンにも分かった。
イワンはごくりと生唾を呑み、バーナビーの肩に手を置く。
少し顔を傾けて、その端正な顔に近付けた。
睫毛の一本一本まで数えられそうな距離に、鼓動が高まる。
そして、薄い桃色の唇に――そっと、自分のそれを重ねた。
初めて触れたバーナビーの唇は柔らかくて、ふわりと甘い香りがした。
まるで麻薬のようにイワンを惑わし、癖になりそうだと思った。
唇を離すと、顔を真っ赤にして息を乱しているイワンとは対照的に、表情ひとつ変えていないバーナビー。
バーナビーはイワンの頭をぽんぽんと撫で、よく頑張りました、と微笑んだ。
「次は…大人のキス、教えてあげますね」
バーナビーは妖艶に微笑み、ちゅっと可愛らしいリップ音を立ててイワンの唇にキスをした。
end.
次は初えっち編。折紙がんばれまじがんばれ