大都市シュテルンビルトの大通り。
昼間から人で賑わうこの場所で、僕は道行く人に手当たり次第に声を掛けていた。
両親殺しの犯人の手掛かりを見つけるために。


「あ、あの…すみません、ちょっとお聞きしてもいいですか?」


次に声を掛けたのは、30代後半くらいの男。
上質なスーツを身に纏い、手首には高そうな腕時計。
見るからにビジネスマンといった感じの男だ。



「ウロボロスについて、何か知りませんか?」


「……ウロボロス?」


男は僕が描いたウロボロスのマークを見、僕の顔を見ると、にっこりと笑った。
その人の良さそうな笑みに、少しだけ安心する。


「――君は、このウロボロスについて探っているのかい?」

「…はい。でも、何も手掛かりを掴めなくて…」

「それは大変だったね。私に知っていることで良ければ教えてあげるよ。特別に、タダでね」

「っ…ほ、本当ですか?」

「ああ。ただ、こんな大通りでは話せないから…ちょっと付いて来て貰えるかな」

「っ、は、はい!」


思いがけない男の返答に、顔が綻ぶ。
探しても探しても見つからなかった、犯人の手掛かり。
あまりにも嬉しくて、僕は何の疑いもせずに男に付いていった。













「あの…どこまで行くんですか?」

「ん?あとちょっとだよ」

「はあ………」


歩き出してから、もう20分は経っただろうか。

男に言われるままに付いて行くと、どんどん大通りから離れ、暗い道に入っていく。

煌びやかなメインストリートと同じシュテルンビルトだとは思えない、薄暗い路地。
男が路地裏に入ったところで、本能がヤバイ、と告げる。

逃げなきゃ、


「あ…もう結構です。お時間取らせてすみませんでした」

「どうしてだい?ウロボロスについて知りたいんだろう?」

「で、でも……あっ!」


突然男に突き飛ばされ、冷たい路地に尻餅をつく。
軽く頭を打ったせいで動けないでいると、すぐに男が覆い被さってくる。
必死に男の胸を両手で押して抵抗するが、大人の男に力で勝てる筈もなく。
手首を片手で一纏めにされ、地面に押さえつけられてしまった。


「なっ…何するんですか!離して下さい!」

「…君さあ、こんな所までホイホイ付いて来て、何もされないとでも思ったの?」

「そ…そんなこと…考える訳……っ」

「はは、君って何も知らないんだね。そんな純粋だと…私みたいな男にイタズラされちゃうよ?」

「ひっ!?ィ、ヤ……っ」


片手でシャツを肌蹴られ、露わになった首筋に男の熱い舌が這う。
怖くて、気持ち悪くて、自分の意志とは関係なく涙が出た。


怖い、怖い、

誰か助けて……!



「―おーい、オッサン、何やってんだ?」


突然、空から声が降って来た。

声が聞こえた方を見上げると、空から人が降ってきて、僕たちの真横に軽々と着地した。

何で空から人が、とか、屋根から飛び降りて脚は大丈夫なんだろうか、とか。
そんなこと考える暇もなく、自分に覆い被さっている男を突き飛ばし、空から降ってきた男の後ろに隠れる。


「なっ…なんなんだ、お前…っ!」

「俺?俺は…んー…通りすがりのヒーローってやつ?」

「嘘だ!ヒ…ヒーローがこんな所にいる訳ないだろう!」

「んー…ま、いいさ。なあオッサン、お前が今やろうとしてたこと、立派な強姦だよなあー。俺が今通報したら、ブタ箱行きだぜ?」

「っ………」

「今すぐブタ箱入りたくなかったら、とっとと失せな」


男がギロリと睨むと、僕を襲ってきた奴は何やら悪態を吐いて走り去ってしまった。


「よし、行ったな。……おい、大丈夫か?」


男がくるりと僕の方を振り返る。
そこで、初めて男の顔を見た。

褐色の肌に、琥珀色の瞳。
オリエンタルなその容貌に、ハンチング帽がよく似合っている。
長身で体格も良く、今の僕には救世主に見えた。



「だ…大丈夫です。ありが……あっ!」

「おっと!本当に大丈夫かー?」


礼を述べようとしたら、脚の力が抜けて地面に座り込んでしまった。
力を入れようとしても膝がカタカタ震えて立てない。
男はそんな僕を見るとしゃがみ込んで、震えが止まらない僕の体をぎゅっと抱き締めた。

不思議と嫌悪感は感じなくて。
寧ろ、温かい人間の体温に安心した。


「…怖かったよな。もう大丈夫だぞ」

「は、い……」

「落ち着くまで一緒に居てやるから。」


広い背中に手を回すと、更に強く抱き締められる。
温かい手に頭を撫でられる感触に、もうこの世に居ない父親を思った。




その救世主の名がワイルドタイガーというのを知るのは、まだまだ先のこと。



end.
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