夏の兆し
それは6月も終わりかけたとある土曜日。梅雨も開けて雲一つない清々しい青空が広がり、燦燦と太陽が照り付ける。空を彩る入道雲こそないものの、一足先に夏が訪れたようだった。
大量の洗濯物を干し、倉庫の整理を終えた陽鞠が腕時計を確認すると、部員たちの休憩の時間が近づいていた。

「いけない!ドリンクの準備しなくちゃ!」

普段なら余裕を持って作れる時間だが、如何せん今日は人が足りていなかった。先輩マネージャーは修学旅行や模試で出払っており、数人で仕事を回していた。一息つく暇もなく次の作業に取り掛かる。少し視界がちかちかするような気もするが、弱音なんて吐いてられない。
(弦ちゃん達だって暑い中頑張ってるんだもん。)
コートを駆け回る弦ちゃんこと真田の姿を見て気合を入れ直す。

「それでは20分の休憩に入る。」

程なくして部長の声が響き渡り、休憩の時間となった。

「お疲れ様です。ドリンクとタオルどうぞ。」

3年の先輩から順に、レギュラー陣へタオルとドリンクを手渡していく。粗方渡し終わり、最後は1年生のところへ。

「幸村くん、柳くん、弦ちゃん!お疲れ様。」
「ありがとう。陽鞠もお疲れ様。」
「ありがとう。」

優しい笑顔で迎えてくれたのは幸村。

「ありがとう。少し顔が赤いようだが、水分補給はちゃんとしているか?」
「暑いから火照ってるのかな。後で水分補給しとくね。」

心配そうに陽鞠の様子を伺うのは柳。

「むっ、本当だな。大丈夫か?」
「ちょっと弦ちゃん!大丈夫だって。」

柳の言葉を受けておでこに手を当ててきたのは、幼なじみの真田である。いきなりの至近距離に、余計に顔に熱が集まる。少し調子がおかしいような気もするが心配はかけられない。片付けがあるからとドリンクとタオルを入れていた籠を持って、陽鞠は逃げるように部室を目指した。

「っ、」

しかし、部室の前に来たところで目眩と吐き気に襲われ蹲る。ぐるぐると回る視界に、立ち上がることも出来ない。気が遠のきかけたその時。

「陽鞠!」

聞き慣れた声が鼓膜を叩く。

「…弦、ちゃん?」
「お前の様子が気にかかって来てみれば。体調が悪いならなぜ俺に言わない。」
「ごめん、心配かけたくなくて…」

顔を上げることさえ出来ないため、真田の表情を見る事は叶わないが、声音から心配そうな気配が伝わってくる。

「だ「弦一郎、お説教は後だと思うが?今日は保険医が来ているから、保健室も開いているだろう。」…っ、そうだな。すまない。」

一緒に来ていたのか、真田がなかなか帰ってこないので探しに来たのか。延々と続きそうだった真田との問答を柳が遮った。

「監督達には俺が伝えておこう。」
「ああ、頼む。陽鞠、これでも被っておけ。汗臭いだろうが、無いよりはましだろう。少し動くから気分が悪いかもしれぬが、保健室まで耐えてくれ。」
「大丈夫…ありがとう。」

そう言って、自分の被っていた帽子を被せ、ジャージをかけると、陽鞠を横抱きにした。
ふわりと香る嗅ぎなれたその香りと逞しい腕に、少しだけ体の力が緩む。

――――――――

保健室の先生に見てもらい、貧血と軽い熱中症だと言われ、部活が終わるまで保健室で休んでいることになった。

「今日は暑いんだから、水分補給はちゃんとしないとだめよ?はい、これ飲んで。」
「今日は人手が少なくて…。ありがとうございます。」

保健の先生に渡されたスポーツドリンクを嚥下する。程よく冷えたそれは、身体中に染み渡り、少しだけ気分が良くなった。

「では、俺は部活に戻る。終わったら迎えにくるから、ゆっくり休むのだぞ。」

幾分か顔色の良くなった陽鞠を見て安心したのか、保健室を出ようとしたので慌てて呼び止める。

「あっ!弦ちゃん待って、これ。ありがとう。今度は弦ちゃんが熱中症になっちゃう。」

帽子とジャージを差し出すと、真田は帽子だけを受け取った。

「ああ、そうだったな。これから暑くなりそうだ。ジャージはお前が預かっていてくれ。」

そう言って頭をひとなですると保健室を去った。
赤く染まる頬を熱中症のせいにすることは、もうできない。


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bkm
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