比嘉 | ナノ

イケナイ太陽


――――ジーワジワジワ
けたたましく喚く蝉の音に入道雲。燦燦と降り注ぐ太陽。長かった梅雨も開け、うちなーは本格的に夏を迎えた。
"日に焼ける"とは昔の人もよく言ったもので、うちなーの日差しは、受けているだけで焼けているのが分かるほどに強い。

「あ"づい…溶ける…」

幼なじみの紫苑が隣の席でだらしなく伸びている。
日当たり良好、最後列、窓際、角の席という、一見天国のような席は、夏の日差しを目一杯受けて灼熱地獄と化す。

「やー、でーじ ふらーやし。」
「たーがよ!やーの方が勉強できんさ。それに、元はと言えばやーが引いた席やんに。」

心の声が口にでていたようで、恨みがましい視線を俺に向けてくる。
一週間前に行われた席替えで、今紫苑が座っている席を引き当ててしまった俺は、右隣の席を引いた紫苑に、某高級アイスを奢る事を条件に席を交換してもらったのだ。
この視線も15年間事あるごとに俺に浴びせているから、最早癖のようなものなのだろう。こちらも癖で、ついついからかってしまう。それが俺たちのお決まりのやりとりだった。

「だから言ってるばーよ。その勉強できんやつの口車に乗って席交換したのは誰かねー?」
「条件にハーゲン出すのは卑怯。」

そう言うと、さっきまで好戦的だった顔が不貞腐れたものへと変わる。こいつのクルクルと変わる表情は、いつまで見ていても飽きない。
あったー、また夫婦漫才やってるさー。なんていうクラスメイトの冷やかしも、紫苑が俺のモノだと言われているようで、満更でもなかったりする。
――そう。俺は紫苑が好きだ。この気持ちがいつからなのか、何がきっかけだったのかは分からない。だが、そんなのは些細な事だ。
ノリのいいところも、何だかんだ面倒見がいいところも、こいつの良いところなんて挙げだしたらキリがないほどに知っている。…絶対に本人にはいわないけれど。

「はっさ、結局ハーゲン食べてないさ。いつ奢ってくれるわけ?」
何も考えずに投げかけた言葉は、完全に薮ヘビだったらしい。何事かをブツブツ呟きながら、首を捻っていた紫苑は、俺が約束を先延ばしにしていたのに気づいてしまった。

「やっべ。」
「はー、もう!これ以上は絶対待たんからね!アイス!後でとか言ったら永四郎に言いつけるよ。」

こいつなら、本当に永四郎に言う。そして、そんな事をされてしまえばゴーヤーを食わされるのは確実だ。
たまたま今日の部活が休みだったのが救いか。
観念した俺は、財布の中を思い出しながら口を開いた。

「わーったわーった。今日の放課後奢るからよ。」
「やったー!」
「でも手持ちないから、かき氷な。」
「チッ」
「くぬひゃー、舌打ちしやがった!」

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「いらっしゃい」

チリン、という涼し気なチャイムの音を鳴らして店に入ると、顔馴染みのおばちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
約束通り、俺達は家の近くのパーラーに来ていた。


「と、とける…」
体力のない紫苑には、真夏日の今日の暑さは相当こたえたらしい。もう何度目かも分からないその言葉を発し、また机に突っ伏した。

「えー、何食べるかふぇーく決めれー。」
「いつもの…」
「じゅんに?奢りだぜ?」
「じゃあ、練乳とアイストッピング」
「おばちゃーん!いつもの!紫苑のやつは練乳とアイストッピングで!」
「はーい!ちょっと待ってね。」

おばちゃんの言葉通り、程なくしてイチゴとメロンのかき氷がきた。

「はー、生き返る!」
「紫苑じゅんにそれ飽きないよな」
「かしまさい。凛もやっし。」
「そうだけどよー。」

紫苑がメロンを頼み、俺がイチゴを頼む。それがここでのお決まりだった。小さい頃から何も変わっていない。何も。隣で幸せそうにメロンかき氷を頬張っているこいつは、俺の事をどう思っているのだろうか。

「イチゴもちょうだい!」
「え、おい。」

ぼんやりと紫苑を眺めながら考え事をしていた俺などお構い無しに、そんな事を言うが早いか、制止も聞かず食べかけの俺のかき氷を頬張る。

「んー!イチゴも相変わらずまーさん!まあ、メロンが1番だけど。しかも今日は練乳とアイスまでのったDX仕様だもんね」

なんていうコメントまで添えて。

「えー。食べかけどー。」
「いいさー。そんなケチ臭いこと言わんで。いつものことさーね。」

紫苑は本当に何も考えずそう返したのだろう。他意は無い。それは分かっているが、笑いながら何の気なしにそう宣う紫苑に、俺の中の何かが切れた。

「……れ。」
「え?」

思ったよりも低い声が出た。恐らく聞き取れなかったのだろう、無邪気に聞き返してくる紫苑にできるだけはっきり、ゆっくり、同じ事を繰り返す。

「俺にも味させれ」
「え、そんなに嫌だった?わっさん!残ってるの全部食べ…ん!」

喋っているのなどお構い無しに、紫苑の顔を引き寄せ、口付けた。紫苑の目が零れ落ちんばかりに見開かれる。ふわりと香るメロンとバニラの香り。クラクラする程に甘いのは、アイスのせいか、それとも…。

どれくらい時間が経っただろうか、
「んんっ、ふっ…」
限界だとでも言うように胸を遠慮がちに叩かれ、現実に引き戻される。

「わっさん!」
急いで距離をとり謝るも、肩で息をしている紫苑から返事はない。それを良いことに、言葉を続ける。

「…でも、後悔はしてんからよ」
「う、ん…」
息も絶え絶えに紫苑がそう答えると、2人の間に沈黙が降りた。

外では相変わらず、短い生を謳歌するように蝉が鳴き、アスファルトを溶かしそうなほど、太陽の光が降り注いでいる。

そう。こんなことをしてしまったのも、逆上せたように顔が熱いのも、全部全部太陽のせいだ。






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やー →お前
でーじ →とっても
ふらー →バカ
〜やし →〜だな。
たーが →誰が
〜やんに →〜でしょ。
はっさ。 →ああっ!
えー →おい!
ふぇーく →早く
じゅんに →ホントに
かしまさい→うるさい
まーさん →美味しい
わっさん →悪い
味する →味見する




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