比嘉 | ナノ

はじめの1歩


「じゃーねー。」
「また明日!」
皆、終業のチャイムと同時に、蜘蛛の子を散らしたように居なくなった。
昼間の騒々しさが嘘のように静けさに包まれた教室。
その分グラウンドの運動部の声や吹奏楽部の練習の音がよく聞こえる。

「素振りが終わった人からグラウンド20週!こら、平古場くんだらだらしない。あんまりしつこいとゴーヤー食わすよ。」
「わーった。わーった。ゴーヤーだけは勘弁!」

グラウンドに響く怒声から察するに、今日は珍しくテニス部も学校で練習しているらしい。
テニスコートへ目をやると、自然とある人を探してしまう。190cmを超える長身に白い前髪という、目立つ特徴を持つ彼――知念寛君はすぐに見つかった。
平古場くんの愚痴をききつつ、黙々と素振りをこなして、グラウンドへアップに行ったようだ。流れ作業のように淀みなくメニューをこなしていく様は流石レギュラー。

「では20分の休憩とします。各自水分補給をしっかりしておくように。」

テニス部の練習が休憩に入ったところで時計を見ると、約束の時間を過ぎていた。
「え、うそ。もうこんな時間?!」
そんな一人言をもらしつつ、鞄に荷物を詰め込んで図書室へと急いだ。


――――――――――――――
―――――――――
――――


「ごめん、おそくなっちゃった。」
「んーん。大丈夫よー。こっちこそ、急に当番代わってもらっちゃって、ほんとごめん。」
「気にしないで。元々来る予定だったから。」

兄弟の多い彼女は、仕事で忙しい両親の代わりに弟の迎えを頼まれたらしい。
体が弱く、激しい運動が出来ない私は、放課後の多くを図書室で過ごす。この時間は利用者も少なく、仕事も殆ど無いため、委員の仕事を請け負ったところで座る場所が変わる程度であった。

「しに助かる!じゃ、行ってくるさーね。」
そう小声で言った友人は風のように去っていった。静けさの戻った図書室のカウンターに座り、鞄の中から読みかけの小説を開く。

本は好きだ。話を通じて様々な体験をさせてくれるから。その中でも、日常生活では絶対に経験できない驚きをくれるホラー小説は格別。
今日はエドガー・アラン・ポーの黒猫だ。黒猫がじわじわと主人公を追い詰めていく様は、何とも言えない気味の悪さを感じる。物語も終盤に差し掛かり次のページをめくろうとしたその時、

「あい、くぬ本返却したいんやしが」
と声をかけられ、思わず悲鳴をあげてしまった。
「ひぃぃぃ!」
「わっさん。うどぅるかしたかやー。」
「い、いえ。こちらこそすみません。本に集中してたので…」

苦笑しつつ顔をあげると、目の前に知念君が居た。そう、知念君。あれ?なんで知念君?

「本返しに来た。」
「すみません、声に出てました?」

こくり、と首を縦にふる知念君。恥ずかしすぎる。

「やー、わんぬ名前分かるば?」
「ええ。同じクラスですから。それに、知念君もホラー小説お好きですよね?」
「あい、やーもな?」
「はい。」

そう返事しながら、今自分が読んでいた本の表紙を見せれば、知念君は嬉しそうに目を細めた。
同級生でホラー小説を読む人など微々たるもので、なかなか見かけることは無い。斯く言う私が知念君を意識し始めるきっかけも、ホラー小説だった。読書の時間にブラム・ストーカーの「ドラキュラ」を読んでいた知念君に、勝手な親近感を抱き、目で追うようになった。そして、いつの間にか惹かれていたのだがそれは置いておいて。
恐らく、知念君も私があの時感じた親近感に似たものを抱いたのだろう。

「わ「寛、そろそろ休憩終わるぜ」」
知念君が何かを発しようとした時、突然現れた平古場くんの声がそれを遮る。どうやら知念君は部活の休み時間を利用して図書室に来たらしい。よく考えたら、無駄話ばかりで、肝心の返却作業をしていない。

「凛!にふぇーどー。…わっさん、また今度ゆっくり話そうやぁ。」
「引き止めてしまってすみません!これは返却しておきますね。」
「にふぇーどー。」

そう言って去っていった2人の背中を見つめつつ、口角が上がるのを止めることはできなかった。
知念君と初めて話せたのだ。そして、また話す約束をしてしまった。今日は何ていい日なのだろう。
委員の仕事を任せてくれた友人に心の中で感謝しつつ、私も帰り支度を始めた。
明日は、勇気を出して知念君に挨拶してみよう。



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