比嘉 | ナノ

北風と太陽


「さっっっっむい!」

校舎から出た途端容赦ない北風に吹かれ、今日の己の格好が間違っていたことを確信した。
いくら常夏と言われる沖縄と言えど、12月だ。冬は来るし、寒いものは寒い。おまけに夕方ともなれば太陽の恩恵も無く、コートやマフラーと言った防寒具の類を身に着けていない私は、只ひたすら寒さに耐えるしかなかった。

先生の手伝いに思いの外時間がかかり、すっかり暗くなってしまった帰り道には、点々と街灯が光るだけで人影もない。せめてタイツでもはいてくればよかった、などという独り言も冷たい風にさらわれるだけ…のはずだったのだが。

「まったく。貴方がいくら内地から来たと言っても、沖縄の冬をなめすぎではないですか?時任さん。」
「え…木手君!?」

背後から、艶やかな低音が返ってきた。予想外の事に勢い良く振り向くと、心底呆れたような顔をした、クラスメイトの木手君が立っていた。予想外すぎる事態に、目を白黒させながら二の句が継げないでいると、

「いくら沖縄と言えど、冬にはそれ相応の服装をしないと、風邪をひきますよ。」

と、母親のようなお言葉を頂いてしまった。

「う…すみません…。天気予報で、今日の気温18℃って言ってたから、つい大丈夫かなーと…。」
「はぁ…。沖縄の冬は気温が高くても、風が強くて寒いんです。気をつけなさいよ。」
「はい…。って、それより木手君のお家こっちだったの?」
「ええ、それもありますが…一人で帰る貴方を見掛けたのでね。こんな時間に女性が一人で帰るのは不用心でしょ。送りますよ。」

お説教モードに入る前に、と画策した話題転換は成功したものの、話の雲行きが怪しくなってきた。この状況を誰かに見られたらヤバい気がする。それに、今でさえ気まずいのに、私の家まではもう少しかかる。その間何を話せば…。

「そんな!木手君部活で疲れてるのに悪いよ!私は大丈…クシュン」
「ほら。つべこべ言ってないで、早く行きますよ。」

くしゃみに遮られながらの必死の抵抗も虚しく、腕を引かれたかと思うと、ふわり、と暖かいものが首に触れた。

「部活終わりで暑いので、貴方が持っておいてもらえますか。」

そう艶やかに笑う彼の顔に見惚れ、自分の首に先程まで彼が巻いていた黒のマフラーが巻かれたのだと気づくのに大分かかった。
程よい洗剤の香りと微かなワックスの香りが鼻腔をくすぐる。それが何だか彼自身に包まれているように思えて、顔に熱が集まるのがわかった。
私の返事を待たずに歩きだした彼は、ぽつりと口を開く。

「そう言えば、貴方とちゃんと話すのは初めてですね。」
「そうだね。木手君人気者だし、いつも忙しそうだから。」
「はぁ。甲斐くんと平古場くんがもっと大人しくなればいいのですがね。」
「ふふっ。テニス部の皆、元気だもんね。クラスの女子達は喜んでるよ。テニス部のみんなが見られるーって。」
「ほう。そうですか。…で、貴方は?」
「え、えぇ?私…?」
「はい。」
「んー、皆元気だなーとしか。転校してきたばっかりであんまり話したことないし、よく分かんないや。」
「そうですか。…まぁ、取り敢えずは良いでしょう。」
「う、ん?あ、でも、そう言えば、木手君よく私の事分かったね。殆ど話したことなかったのに。」

これは嘘だ。話した事が無いのではなく、極力話さないようにしていた。この年頃の女子は恋愛にとても敏感だ。苦手意識もさることながら、人気のある男子に近付くのは得策ではないことを、幾多の転校から学んだ。
本当は一緒に帰るなんて以ての外だが、外面を気にする質が邪魔して断ることもできなかった。

「貴方、花瓶の水こまめにかえているでしょう?」
「え?うん。生けられてる花、何か元気無かったから…」
「そうなんです。美化委員の糸数くんが大雑把な人で、あまり水を替えないんですよ。
植物を育てている者として、気になってはいたのですが、中々そこまで手が回らなくてね。偶に貴方が水を替えているのをみかけていたので。」
「成程。植物育ててたら気になっちゃうよね。木手くんは何育ててるの?」
「ゴーヤーを少々。」
「へー、野菜かぁ。あんまり育てたことないなぁ。ゴーヤーなら、夏にはグリーンカーテンにもなるし、実も食べれていいね!」
「ええ。それに、部員を脅すのにも使えますしね。」
「え?」
「いえ、何でもありません。で、貴方は何を育てているんです?」
「私は、チューリップとかヒマワリとか、お花ばっかりだなー。あ、折角沖縄来たから、ブーゲンビリアとかも育ててみたいかも。」

母の影響で始めた園芸だが、手をかけた分だけ綺麗に咲いてくれる花々に、今ではすっかり夢中だ。花の話題になるとつい饒舌になってしまう。

「王道だけど、ハイビスカスとかも良いなー!」
「ふふっ。」
「あ、ごめん!つい夢中になっちゃって。何か変な顔してた?!」
「いえ、本当に花が好きなんだと思いましてね。」
「そ、そうかな…?」

あまりにもストレートな言葉に、思わず照れ笑いで返してしまった。
木手くんが聞き上手だった事も手伝って、そこからは話題が途切れること無く続いた。気まずさもどこへやら。私の心配は杞憂だったらしい。
他愛もない植物の話に花を咲かせていると、いつの間にか家の近くまで来ていた。

「あ、そろそろ家に着くから、ここまでで大丈夫だよ。ありがとう。木手くん部活で疲れてるのに、送らせちゃってごめんね。」
「いえ。こちらから申し出たことですから。それに、貴方と話ができて楽しかったです。」
「私も。木手くん聞き上手だから、つい話し過ぎちゃった。」
「そういえば、時任さんは携帯持ってますか?」
「え、うん。あるよ?」
「ちょっと貸していただいても?」
「はい、どうぞ。」

唐突な質問に動揺しながらも、家族に連絡でもするのかと携帯を差し出す。しかし、木手くんは電話をかけることなく、何かを打ち込んで返して来た。

「俺の連絡先です。また植物の話をしてくれますか?俺の周りにはあまりこういう話をする人がいなくて。」
「そういうことなら是非!私も、木手くんともっとお話したいなって思ってたの。」
「それは良かった。いつでも連絡してくださいね。あと、帰りが遅くなる時も。貴方は危なっかしいですから。」
「ははは、ありがとう。」
「では、また明日学校で。」
「うん。また明日!」

そう言って、帰宅した。

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「はぁー。木手くんとのお話、楽しかったなぁ。」
日課の水やりを済ませ、自室のベッドに寝転んだ私はそうひとりごちた。
ご飯の時も、お風呂の時も今日のことを思い出して顔が緩んでしまい、親に不思議がられてしまった。

ゴロリと寝返りをうつと、携帯が目に入った。
私の中に、もう少し木手くんと話したいという欲が頭をもたげる。
時間を確認すると20時を少し過ぎたところだった。

ま、マフラー借りちゃったし!送って貰ったお礼と併せて言うだけだから!と誰にでもなく言い訳をしつつ、木手くんへのメッセージを打つ。

"こんばんは。時任です。今日は送ってくれてありがとう。マフラー、借りたままになっちゃってごめんね。洗って返します。"

何回か推敲を重ね、震える手で送信ボタンを押すと、時間を置かずに既読の文字がつく。

"こんばんは。いえいえ、俺も楽しかったので、気にしないでください。マフラー持って貰ったままでしたね。ご丁寧にありがとうございます。いつでも構いませんよ。"

その後も自分達の育てた花を見せあったり、木手くんの飼ってるぴーちゃんを見せてもらったりしたが、夜も更けてきたのでどちらともなく就寝の挨拶を交わし床についた。

そして、この一連の流れが木手くんの計画であったことを知るのは、大分後のことである。




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