比嘉 | ナノ

すれ違いのその先へ


空が白んできた午前五時。わたしは、今週末に控えた学会発表用のレジメを何とか完成させ、家路を急いでいた。早くしないと永四郎が起きてしまう。安らかに眠る永四郎の寝顔をしばし堪能して、いそいそとその横に潜り込むのが最近の生きる糧なのに…。

大学卒業後大学院へ進学した私と、大手企業に務める永四郎。かねてよりお付き合いしていた私達は、お互い責任を取れる年にもなったし、ということで同棲を始めた。
普段は比較的自由の利く私が永四郎の生活リズムに合わせている。しかし、極度の夜型人間である私は、今回のように発表などで忙しくなると昼夜逆転生活が始まり、直接会話を交わす機会は無いに等しい状況となる。
同棲を始める際にそこら辺もきちんと話し合ったから、今のところ関係が拗れるようなことはないのだが。

家の前に着き、自宅を見上げると窓に明かりがついている。間に合わなかったか。そう思いながら鍵を開け部屋に入ると、シャワーを浴びたのだろう。首にタオルを掛けた永四郎が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。お疲れ様。進捗はどうです?」
「ただいま!ありがとう。お陰様でなんとかまとめきったー。」

直接話すのは何日ぶりだろう。電話越しとはまた違う、腰に甘く響く声に酷使してきた脳みそが癒される。

「そういえば、朝ごはんまだだよね?なにか作るよ。」

資料でぱんぱんのリュックとパソコンを隅に置き、キッチンへ行こうとすると、腕を引かれた。

「いいから、あなたは寝てなさい。」
「折角時間合ったのに…。」
「落ち着いたらいくらでも一緒に食べますから。…隈が酷いですよ。」
「うそ。」
「嘘ついてどうするんです。」

呆れた顔でこちらを見る永四郎に潔く白旗を振った。朝の貴重な時間をこんな問答に使うのは忍びない。それに、実を言うと歩くのも億劫な程疲れきっていた。

「だよねー。お言葉に甘えて寝るわ。おやすみ。あと、いってらっしゃい。」
「おやすみなさい。ありがとうございます。」

そう言ったかと思うと額に優しく口付けられ、あまりの照れ臭さにいそいそと寝室へ移動した。
そのまま着ていた服を脱ぎ捨て、パジャマに着替えると布団に潜り込む。洗濯は起きてからする。なんて言い訳を心の中でしていると、ドアから顔を覗かせた永四郎が

「シャワーは?」

と聞いてきた。

「起きたら浴びる。おやすみ。」

落ちてくる瞼と戦いながら何とかそう答えると、"ゆくいみそーれ"なんて優しい声が聞こえてきた気がしたけど、夢か現実かは分からなかった。

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日もすっかり高くなり、そろそろ傾き始めようかという頃。やっと目を覚ました私は、枕元にあるはずのスマホを探す。手探りで見つけ出したそれで時間を確認すると15:00ぴったり。少し寝すぎた気もするけど、昨日頑張ったから良いや。あれ?今日だっけ?なんてどうでもいい事を考えながらシャワーを浴び、キッチンで麦茶を飲む。

シンクに背を預けながら、ふと食卓に視線を向けると、机の上にフワフワのオムライスとサラダの乗ったプレートが、ラップを巻かれて置かれていた。
"オムライスのお代は、発表が終わった後に頂くので、味わって食べてくださいね"なんて書かれたメッセージカードと共に。
何をされるのかと不安に思う反面、週末が少し楽しみになったのは内緒にしておく。



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