※決断


輸血パックに繋がれてすやすやと眠る紫苑を眺めがら、ふと、俺がシュヴァリエになった日の事を思い出す。
生まれた時から物事の両面を見せられてきた彼女は、姉たちのように、物事のどちらかをただ信じ続けることもできず、無意識のうちに中立を選び取って生きてきたようだった。
本当の自分を無意識に押し込め、自分の置かれた立場から行動を選択していた当時の俺には、意識せずとも彼女に親近感を覚えていたのだろう。危険もかえりみず"人間"のままで彼女と行動を共にしていた。
そう、あの日までは。

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まさか、彼女が俺を庇うなんて。目の前で腹から血を流す彼女を前に、目の前が真っ暗になる。
「紫苑、紫苑!」
必死で彼女の名前を呼ぶと、弱々しくも返事が返ってきた。

「ふふっ。馬鹿ねぇ。私がこんな傷で死なないのは知ってるでしょう?そんな泣きそうな顔をして。」

俺の頬に手を添え、柔らかく微笑む彼女は息も絶え絶えだ。

「ですが、俺のせいで…」
「貴方は"人間"なのだから、頑丈な者がたすけなくっちゃ…。申し訳ないと思うなら、人目につかない場所へ…つれて、いっ」

て。という最後の音は声にすらなっていない。
すみません。この言葉を何度呟いただろうか。俺の頬を伝う雫が、彼女の顔へと落ちていく。俺を庇って翼手に貫かれた腹には、ぽっかりと穴が空いていた。
彼女の望み通り、人目のつかない所へ運ばなければ。いくら夜と言えど、誰も通らない保証はない。
彼女を姫抱きにし、家へと歩を進める。幸い、家族は旅行に行っており、当分家には帰って来ない。

浅い呼吸を繰り返す彼女を見つめながら、己の認識の甘さを恨んだ。俺は何を迷っていたのか。奴らは規格外だ。人間のままでは、いつまで経っても彼女を守ることなど出来ないというのに。

"私、貴方のこと気に入ったわ。私のシュヴァリエにならない?"

全てを見透かすような瞳でそう言った紫苑の姿が、昨日の事のように鮮明に思い出される。
あの日の瞳は、今は長いまつ毛に縁取られた瞼で覆われ、見ることは叶わなかった。

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家に着き、ひとまず彼女を布団に横たえる。手を握ると弱々しくはあるものの握り返してくるので、意識はあるのだろう。


「ああ、貴女の血を授かる栄誉をこの身に。」

そう言って恭しく手の甲へ唇を落とすと、頬に力無い白魚の様な手がふわりと触れた。
それを了承と捉えた俺は、破れて殆どその役割を果たしていない彼女の衣服を胸の下まで捲りあげる。
彼女の体は、休眠期間が近づいて元々機能が低下していた。それなのに、吸血を行っておらず血が不足していた事が追い討ちをかけたのか、傷の治りが早いはずの彼女の腹からは、未だおびただしい量の血が流れていた。
意を決して傷口に舌を這わす。その時の俺には、本来鉄臭いはずの赤色が、とても甘美な物に思えた。恐る恐る伸ばしていたはずの舌も、今では飢えた獣が喉の乾きを潤すかの如く浅ましく腹の上を往復している。

「ーーっあ゛!がっ!」

ゆっくりと塞がって行く傷口付近の血を粗方舐めきったかという頃、体が変調を訴えた。体中の血液が沸騰していると錯覚する程に煮えたぎり、異質な物へと作り替えられている感覚。それを拒絶するように身体の痙攣が止まらない。ともすれば大声を上げてしまいそうな激痛が永遠に続いたように感じた。


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「永四郎、気がづいた?」

どうやらあまりの激痛に気を失っていたらしい。気が付くと、青白い顔をした紫苑が上から覗いていた。

「ええ。あれから、俺はどの位気を失っていましたか?」
「私も正確には分からないけれど、4時間くらいかしら?お陰で傷はふさがったわ。」

チラリと見せた腹は、いつも通りのかすり傷一つない真っ白なものだった。

「すみません。ただでさえ血が不足しているのに俺が頂いてしまって。」
「いいえ、許可したのは私よ。それに、そう思うなら貴方の血を頂戴?」
「もちろん。これで、名実ともに俺は貴女の騎士(シュヴァリエ)です。何なりとお申し付けを。」

最上の微笑を添えてそう言うと、首筋を晒した。

「では、遠慮なく。頂きます。」

そう言って酷く蠱惑的な笑を浮かべた紫苑は、ベッドの淵へ腰掛けると晒した首筋を一舐めし、ゆっくりと牙を突き立てた。ぷつり、と皮膚を貫いた後、甘い痺れと共に血が吸われる感覚を覚える。水音を立てて吸われる度に、まるで全ての神経が首筋に集まったかのような刺激に襲われ、思わず熱の籠った息を吐き出した。

「っ、はぁ。」
「ごめんなさい。痛かった?」

痛みからくる溜め息だと勘違いしたのか、不安そうにこちらを見る彼女に、思わず笑みがこぼれる。先程までの余裕はどこへやら。一見達観しているように見える彼女は、存外初心なのだ。

「ふふ。大丈夫ですよ。気になさらず続けてください。」
「何よ。私だって吸血初めてで緊張してるの!そんなに笑わなくったっていいじゃない。」
「失礼。しかし、貴女の"ハジメテ"を頂けるとは、光栄ですね。」
「あなたが言うと、何だかいやらしいく聞こえるわ。」

頬を赤く染めながらそっぽを向く主は、見た目通りの、紛れもない少女であった。



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