幕は切って落とされた


それは、たまたま休みだった兄と、買い物を兼ねてコザまで足をのばした日だった。
店から出ると、小さな広場に人集りができており、往来にはどこか懐かしい、重厚なチェロの音が響いている。


「っ。」
チェロの音に耳を傾けていると、警鐘を鳴らすかの如く、米神が激しく脈打ちだした。
まただ。視界がぼやけ、あらゆるものの輪郭が二重、三重にダブり、何もかもが朧気になる。


「紫苑?紫苑!大丈夫ですか?」
兄の心配そうな顔を見た瞬間、視界がセピア色に変わった。

――ああ、永四郎。そんなに泣きそうな顔をして。心配しなくても、私は死なないって分かってるでしょう?

どこか遠くで聞こえる私の声が自嘲気味に笑ったところで、現実に引き戻された。

「…ん、紫苑!」
「ん。お兄ちゃん。」
気がつくと、近くのベンチに寝かされていた。

「気が付きましたか。」
「うん。運んでくれたんだね。ごめん、重かったでしょ?」
「いえ、寧ろ軽すぎるくらいです。気にすることではありませんよ。…しかし、今日の発作は唐突でしたね。俺と居る時で良かった。」


私の身体は、時たま先程のような"発作"が起こる。医者である兄に言わせると、極度の貧血と事故のショックが原因らしい。難しいことは分からないが、記憶喪失の患者にはよくある事だそうだ。
酷い交通事故に遭い、2ヶ月程生死をさ迷っていた私には、兄と呼んでいるこの人、遠縁にあたるという木手永四郎に引き取られるまでの記憶が無い。

私の最初の記憶は、真っ白な天井と、そこに浮かび上がる輸血パックの嫌に鮮やかな赤。そして、兄となる木手永四郎の顔だった。






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