01

5月23日。普段の私なら、その日が何の日かなんて気にも留めずに過ごしていただろう。
事の発端は、友人とのLINEのやり取りだった。

22日の夜、明日の準備を整えた頃、携帯のランプが光り、メッセージを表示した。

――ねぇねぇ、明日ってキスの日なんだって!紫苑ちゃんは木手君と過ごさないの?

天真爛漫な彼女が直接話しているような、歯に衣着せぬ直球ストレートな内容だ。

――え、明日ってそんな日なの?一応木手君とは会う予定だけど…。多分木手君も知らないと思う。

本当にたまたま、明日は木手君のお家にお邪魔する事になっていた。送信ボタンを押した瞬間、光の速さで返事が送られる。

―――あ!う!の!じゃあ、キスの日にかこつけておねだりしちゃいなよ!素直になれないって悩んでたでしょ?

―――うっ、そうだけど…。

―――切っ掛けがある方がやりやすいんじゃないかな?

突然の提案に怯むものの、彼女の言うことも一理ある。恋人ができるなんて初めての経験で、しかも3年間片思いし続けた相手である。恥ずかしくてなかなか素直になれず、それを相談していたのだ。確かに、こんなきっかけでも無いと踏ん切りがつかない。

―――…頑張ってみる。

―――うん!報告待ってるね。
明日もあるし、今日はこれで。おやすみ!

―――うん、おやすみ。


そんなやりとりを交わしてしまったものだから、"キス"という言葉が私の脳内を渦巻いて、眠れなくなったのは言うまでもない。

――――――――――――――――

そして迎えた23日。
こんな日こそ1日は早く過ぎてゆくもので。あれよあれよと言う間に、授業が終わり放課後になった。
帰り支度を済ませ、悶々としていると、件の人が現れた。

「紫苑、準備は出来ましたか?」
「あ、うん。大丈夫!」

放課後の喧騒の中でも凛と響く木手君の声に、はっとして、荷物と共に彼の所へ向かった。

「何か考え事ですか?」
「うん、ちょっとね。大した事じゃないから。」
「それならいいですが。では、行きますか。」
「うん。」

いつものように、他愛のない話をしながら帰る。
眼前に広がる空は、今日も鮮やかな茜色をたたえているのだろう。しかし、私にそれを楽しむ余裕はなかった。

―――――――――――――――

部屋に通されると、そっと後ろから抱きすくめられる。びっくりして肩を震わせると、耳元からクツクツと押し殺した笑い声が聞こえた。

「とって食ったりなんてしませんよ。」
「木手く「永四郎」…え、いしろう。やっぱり慣れないよ…。」
「付き合ってそろそろ1年ですよ?いい加減慣れてもらわないと。」

そう言ったかと思うと、自然な仕草でするりと顎をすくわれ、永四郎の整った顔が近付いてくる。恥ずかしくなって目を閉じると、唇に柔らかいものが触れ、離れていった。
恐る恐る目を開けると、満足そうに口端を上げる木手君がいた。負けず嫌いな性格ではないのだけれど、どこまでも余裕そうな木手君の態度が少し悔しくて。"おねだりしちゃいなよ"友人の言葉が頭を過ぎり、覚悟を決めた。

真っ赤になった顔を見られないように、そっと彼の首に腕を回し、耳元に言葉を落とす。

「もっと、して?」

結果として掠れてしまったその言葉が彼にちゃんと届いたのか。そんな事など考える暇もなく、彼の息を飲む音が聞こえた。

「っ、不意打ちとは貴方もやりますね。俺の理性を試しているんですか?」

ニヒルな笑みでそう言ったかと思えば、逃がさないとばかりに両頬を大きな手で包まれ、深く深く口付けられる。やはり彼の余裕は崩れない。そう思いながら、ちらりと彼の耳朶に視線をやると、そこは赤く染まっていて。想像以上に彼も照れていた事に気付かされた。

永四郎も、さっきの私みたいに必死で取り繕っていたのだろうか?そう思うと恥ずかしさよりも愛しさがこみ上げて、回していた腕に力がこもる。それを感じたのか、もっと、と言わんばかりに腰を抱き寄せられた。


少し、積極的になるチャンスをくれた友人に、後でお礼を言わなければ。


その後、酸欠でクラクラになるまでキスをされ立てなくなったのは内緒のお話。

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