02

シャーペンがノートの上を走る音と秒針が時間を刻む音だけが響く。最後の1行を書き終わると、自然と小さくため息が零れた。なかなか集中していたようで、凝り固まった体を解しながら携帯で時刻を確認する。画面には23:58という無機質な数字が煌々と表示された。そろそろ日付が変わる頃か…。

いつもより少し遅いとはいえ、この時間まで勉強をしている事はそう珍しくない。しかし、今日は純粋に勉強に集中していて、というよりも雑念を払うように勉強していたという方が正しい。
それには11月8日という今日の日付が関係していた。そう。日をまたげば誕生日を迎えるのだ。甲斐くんは寝過ごしていつも中途半端な時間にお祝いのメッセージを送ってくるし、意外とまめな平古場くんは日付が変わって程なくしてメッセージが入る。というふうに、同級生のテニス部の面々からは、届いたり届かなかったり彼らの性格によってまちまちである。彼らの気持ちは有難いと思っているが、今はそれ以上に気になることがある。

彼女―時任さんは祝ってくれるのか、という所だ。話の流れでお互いの誕生日は知っているものの、彼女と親しくなり始めた時期には彼女の誕生日は過ぎていたため、俺は祝えていない。しかも、自分としてはそこそこ親しい間柄だと思っているが、彼女がどう認識しているかは分からない。欲を言えば彼女に1番に祝って欲しいが催促をすることも出来ず、今に至る。
悶々とした気持ちを抱えながら、日付が変わって少し経っても何も無かったら寝てしまおうと携帯をポケットに入れて寝る準備を始めようとした時。ポケットの携帯が震えた。
少しの期待を胸に画面を確認すると、時任さんからのメッセージの通知だった。アプリを開くと

お誕生日おめでとう!
これからもよろしくね。
木手くんにとって素敵な1年になりますように。
夜遅くにごめんね。おやすみなさい。

という、実に彼女らしい控えめなメッセージが表示された。彼女の事だ。この文面も色々と悩んだのだろう。その間は俺の事だけを考えていたのかと思うと、柄にも無く表情筋が緩み、自分の独占欲の強さを思い知る。そして、どうせなら1番に彼女におめでとうと言われたいと思った。おやすみなさいとあるが、まだ起きているだろうとあたりをつけて通話ボタンを押す。多少のワガママは許して欲しい。――誕生日なのだから。

「も、もしもし…」

少し長めのコール音の後に、少し緊張した時任さんの声が聞こえた。

「あぁ、夜中にすみません。眠ってましたか?」
「ううん、まだ起きてたから大丈夫だよ!寧ろ木手くんの方こそ寝てなかった?」

彼女の緊張の訳は、俺の睡眠を妨げなかったかという事らしい。貴方からのメッセージを待っていたんですよなどと言える訳もなく、さらっと流す。

「よかった。俺も起きていたので気にしないでください。先程はメッセージありがとうございました。」
「いえいえ。大したことも書けなかったけど。改めて、お誕生日おめでとう。」
「ありがとうございます。あなたからも祝って貰えると思ってなかったので、嬉しくてつい電話してしまいました。突然すみません。」

なんて、さらりと告げられた祝いの言葉に喜色ばむ心を抑えながら、事実とは少し違うことを、しかし、感謝の気持ちはハッキリと伝える。受話器の向こうで彼女が微笑む気配がした。

「そんなに喜んで貰えるなんて。あやまらないで?私も直接お祝いが言えて嬉しかったから。これからもよろしくね。」
「そう言って頂けると有難い。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「うん。じゃあ、夜も遅いし、また明日。」
「ええ、では。ゆくいみそーれ(おやすみ)。」
「ゆくいみそーれ(おやすみ)。」

最高のプレゼントをくれた彼女に良い夢が訪れるよう、殊更穏やかに挨拶を告げる。
俺を真似てうちなーぐちで返す彼女に、ああ、時任さんもうちなーに慣れてきたのだと嬉しくなった。
満ち足りた気持ちでベットへ入った。

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