「……また来てたのかい、レナ」
「うん」


自分の部屋に戻ってみれば部屋の主である私より先に妹レナがまるで我が部屋のようにソファーの上を陣取っていた。今日で三日連続の訪問となる。


「私じゃなくてコンポートのほうが適任だと思うが」
「んー」


レナは昨日一昨日と同じようにソファーの上でクッションを抱き締めて物思いに耽っている。


「ダイフクやオーブンにも相談したか?」
「した。あとクラッカーのとこにも行った」
「……クラッカーに相談したのか?」
「うん」
「おまえには年上としてのプライドがないのか?」
「そんなことがどーでもよくなるくらいとにかく今はどうすればいいのか答えがほしい」
「まったく……」


一週間前、カタクリとレナがケンカをした日からレナはずっとこの調子だ。朗らかに笑う顔が曇り、メリエンダも難しい顔をして参加している。それはカタクリにも言えることだが一先ずその件は置いておく。とにかくいつも明るいレナがこんなものだから逆にこちらの調子が狂う。


「カタクリ怒ってた」
「この前のケンカのことか?」


いつもなら何も喋らずに私の部屋に居座っているのだが、今日は違うようだ。


「うん。私、無意識のうちにカタクリを傷付けた。カタクリ、怖かった」


両手で肩を抱き、いっそう身体を小さくするレナ。その姿はあまりに不憫で、私はレナのとなりに腰かけて海の色をした艶やかな髪を撫でた。


「あれは私も悪かった。レナの顔に傷をつけてしまったからね」


口ではこう言っているが実は私もカタクリと同じで可愛い妹に武器を持ってほしくないというのが本音で、だが母親譲りの剣の才能をもつレナに指導する熱が入ってしまったのも事実。しかしまぁカタクリがレナとケンカをするほど武器を持たせることに反対するとは思わなかったが。


「あれからカタクリとは話したか?」
「うん。でも、うまく話せなかった」
「ケンカしたあとはしょうがない」
「ううん。そんなんじゃなかった」
「どういうことだいレナ?」
「別に私のなかにケンカしたあとの気まずさはなかったの……むしろ、嬉しかった」
「嬉しかった? なぜ?」


今まで抱え込んでいたクッションに顔を埋めていたレナがむくりと顔を起こした。私はそのレナの目を見て悪い予感を覚える。


「次の日私がカタクリに声をかけたとき、カタクリは私のことを真っ直ぐ見てくれたの。それだけのことなのに、私、すごく嬉しくって」


心ここにあらずなレナは熱を秘めた瞳を宙に向けて誰かを見つめていた。その様子はまさに恋する少女。そんなレナを見て、自分の予感が当たっていたことを知る。だが、それはできれば外れてほしかった。


「ペロス兄さん。私、カタクリのこと」
「レナ」


自分が出せる一番優しい声で戒める。


「レナ。それ以上言ってはいけない。私たちとまだ家族でいたいだろ」


この恋路を手放しで喜べたならどれだけよかっただろう。カタクリがレナへ向ける目は信じられないほど穏やかで優しいものだというのに。



*****



「レナ。それ以上言ってはいけない。私たちとまだ家族でいたいだろ」


ペロス兄さんの声は今まで聞いた声で一番優しくて、一番怖かった。あぁ、私は間違っているんだとやっぱりこの想いは間違ったものだと思い知る。


「……うん」


カタクリとはじめてケンカしたあの日から、私はずっとカタクリのことを考えていた。

はじめて出会ったあのお茶会で、どこか諦めの色を瞳に映すカタクリを幼い私は守りたいと強く思った。カタクリの牙をかっこいいと思ったのも嘘ではない。私の生まれ故郷では牙は強さの象徴だった。そんな強さの象徴である牙を持つカタクリは当時の私にとってはかっこいい牙を持ったすごい男の子という印象を抱かせた。なのに「誰から」や「何から」なんて考えず純粋に守りたいと思った。私はそこに矛盾を感じることなくカタクリを守るためにできる限りカタクリについていった。
最初はその背中を追いかけるだけだったけど次第に私の位置はカタクリのとなりに落ち着いた。その頃から私には色んな感情が芽生えた。
カタクリが楽しそうに笑えば私も楽しくなって、カタクリが悲しんでいたら私も悲しくなった。手を繋ぐだけでお互いがどんな気持ちなのか分かるようになった。年を重ねていくごとにカタクリを大切で愛しく思うようになった。

そして気付いてしまった。
この気持ちは「兄弟」だから生まれるのではない。私がカタクリを「好き」だから生まれたものだったんだ。

気付いて、自覚してしまえばもうカタクリを兄弟として見ることはできなくなった。翌日、カタクリの姿をこの目が捉えた瞬間、全身が好きだと叫んで、気を抜けばその想いが口から零れるんじゃないかと思うほど愛しさが胸を占めた。
でも、私のなかに残った理性が「待った」をかけた。
私とカタクリは家族で、どう転がろうと結ばれることはない。それに私の一方通行だってありえる。むしろその可能性のほうが高い。
カタクリのとなりは本当に心地よくて、私の名前を大事に大事に呼ぶ声が好きだった。
だからこそ、私の感情でこの関係を壊したくなかった。

私を真っ直ぐ見つめるカタクリの瞳に愛しさを募らせながら、私はできるだけ感情が口から飛び出さないよう努めた。本当はカタクリに飛び付きたいほどカタクリと話せたことが嬉しいのに、できない辛さは想像以上のものだった。

このままいくといつかカタクリにこの想いを伝えてしまいそうで、だから私は距離を取った。たとえ今までのような関係でいれなくなったとしても家族という唯一の繋がりを失うことが怖かった。

カタクリと並んで歩いたこれまでは背中に翼が生えているように自由で楽しく輝いていた。

ペロス兄さんの細くて長い指が私の髪を優しく撫でる。


「今日は早く寝たほうがいい。ほら、レナの好きなキャンディだ。舐めて、忘れなさい」
「……ありがとうペロス兄さん」
「お礼はいいさ。ペロリン♪」


差し出されたのは色とりどりのきらきらとした丸いキャンディ。


『キャンディってのはいつかなくなるものって例えられることがあるんだよ』


昔、誰かに教えてもらった言葉が唐突によみがえる。これがペロス兄さんの優しさだと分かっているが、私は思わず泣きそうになった。
けれど、私がカタクリに抱いたこの想いを完全に消し去るなんてことはきっとできない。

口のなかで転がしたキャンディがほんのりとした甘さと酸味を主張する。初恋の味として有名なこの味に初恋は実らないと突きつけられた気がした。


それでもそれでも君を想う
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