その日のメリエンダはおれの大好物のドーナツだった。
大きな皿にドーナツがこれでもかというほど積み上げられていて、おれはそのドーナツを兄弟と競るように我先にと口に詰め込んでいた。そんなおれたちをペロス兄とコンポート姉さんは笑いながら眺めていた。その二人の向こうでママはおれの倍の量を食べていた。

あれほど積まれたドーナツがなくなり、うましうましとメリエンダの余韻に浸っていた時、急にママが真剣な顔をして「大事な話がある」とおれたちに話しかけてきた。幼いながらもママの声色でその重要度を理解できたおれたちは静かにその言葉の続きを待つ。ママはおれたちのその態度に満足したのか嬉しそうに笑いながら頷いて、扉に向かって「入って来な!」と声を張り上げた。
魂をもった扉がひとりでに開く。
重厚な扉の向こう側に立っていたのは名前の知らない少女で、けれど、どこかで見たことのあるような容姿だった。他の兄弟や姉妹もそう思ったのかみんな首をかしげていた。そのモヤモヤを解決させようとママのもとに向かう少女を観察するがあともう少し、というところで思い出せない。全員が首をひねって考えている間に少女はママに抱えられその膝に座らされた。テーブルから顔だけが見えている。


「マーマママ。この子は死んだ××が遺した子でね」


ママのその言葉でモヤモヤが晴れた。
ママが船に乗るとき必ずママのとなりにいた女の子ども。
顔は似ていない。でも、あの海のようなコバルトブルーの髪と瞳はそっくりだった。


「私が引き取ることになった。この子は今日から家族だよ」


ママの言葉に驚きはなかった。この時点ですでに十人以上の兄弟姉妹がいるのだから今さら一人増えたところで……といった心情だった。だが、そこにマイナスになるような感情はない。新しい家族ができた喜びが大きかった。


「……ローライト、じゃない。えっとシャーロット・レナです。よろしくお願いします」


小鳥の囀りのような、高くてて心地のいい声がその小さな口から紡がれた。


「何歳なの?」


ママの一番近くに座っていたコンポート姉さんがレナに尋ねる。すると、レナは両手をコンポート姉さんのほうへ突きだして「六歳」と答えた。
新しく家族になったレナはおれと同い年だった。


「ほら、おまえたちも近くにきて挨拶しな」


ママがそう言えば、さっきからうずうずとしていたオペラたちがワッと駆け寄り、口々に自己紹介をしていた。五人に囲まれて一斉に喋られているレナの顔には困惑の二文字がありありと浮かんでいる。あとでもう一度教えないといけないかもしれない。

オペラたちの思い思いの自己紹介が終わったあとはペロス兄から順番に挨拶することになった。順番はあっという間に回ってきた。


「レナの新しい兄弟になったカタクリだ。レナと同い年になる。よろしく」


けれどレナはペロス兄やコンポート姉さんのときのように笑ってくれなかった。そのことに内心ショックを受けていると、レナの傷一つない手がおれに伸ばされた。おれは思わず仰け反るとレナが真ん丸とした目でおれを見上げて「牙、かっこいい」と満面の笑みで笑ってくれた。


「か、かっこいい……か?」
「うん!かっこいい!」
「……そうか」


この口に関しては家族に受け入れられれば他のやつからどう思われようと別にいいと本気で思っている。口を隠せば友だちができると言われたときも、口を隠してできた友だちをおれは友だちとは思えなかった。だからいらないと言ったし、この口を笑うやつはぶっ飛ばせばいいと言った。
でも、かっこいいと言われたその瞬間、心のどこかでは認めてほしいと、兄弟とも違うこの口を見知らぬ誰かからも受け入れてほしいと自分が願っていたと知った。
家族以外から馬鹿にされ怖がられるこの口を初対面のレナは怖がる素振りも見せず、あまつさえこの牙を肯定してくれた。その衝撃に、おれはとんでもない安心感を覚えた。たとえおれがどんな怪物になろうともレナだけは味方でいてくれる。そんな根拠もない安心感をレナに見いだした。
レナの前から動けないでいるおれを後ろに並んでるダイフクとオーブンは茶化すことなく待ってくれた。


「かっこいいよカタクリ」


二度目のレナの笑顔。
けど、何か変だ。
周りに聞こえてるんじゃないのかと思うくらい心臓がうるさくて顔が熱いような気がした。

自己紹介の最後に握手をした。レナの手を話した瞬間に後ろに並んでいたダイフクがおれを押し退けるようにレナの前に立った。「時間がかかりすぎなんだよ」とオーブンがおれを小突く。何も言わず待っていてくれたがそのことに文句がないわけでもなかったようだ。

席に戻り、レナの手を握った自分の手のひらをまじまじと見つめる。レナの手は小さくてやわらかくてあたたかかった。でも、そのときに移ったレナのあたたかさが時間とともになくなっていくことがどうしようもなく悲しかった。



*****



あの時のおれはその感情に名前をつけることができなかった。


「……レナ」


誰よりも大切だった愛しい彼女の名前をなぞる。
一生をかけて守り抜くことを誓った彼女は、おれの手の届かない遠い海の向こうで暮らしている。


愛しい愛しい君の存在
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