「レナ姉ちゃん! 見舞いに来たぜ」
「あらクラッカー、いらっしゃい」


おれが病室に入るとすっかり元気になったレナ姉ちゃんが笑顔で出迎えてくれて、お見舞いの品として持ってきたビスケットの袋を渡せば嬉しそうに目を細めて笑ってくれた。


「これクラッカーが作ってくれたの?」
「おう! うまく焼けたんだ!」
「そうね。とってもおいしそう。みんな、本当にお菓子を作るのが好きなのね」
「おれみたいに持ってきた兄弟がいるのか?」
「えぇ、もちろん。ペロス兄さん、コンポート姉さん、オペラたちにダイフク、オーブン、それにアマンドとか。みんな自分の得意なお菓子を作って持ってきてくれたの。どれもおいしくて、私がまた食べたいって言ったら風邪を治せばまた作ってあげるって、みんな同じこと言うの」
「当たり前だろ。だってみんなレナ姉ちゃんが元気になってほしいんだからさ」
「ありがとうクラッカー」


レナ姉ちゃんはよく頭を撫でてくれる。おれの頭を撫でるその手が気持ちよくて思わず目を瞑る。おれたち以外に誰もいないここでは「私も」「おれも」と邪魔されることはない。レナ姉ちゃんには早く元気になってほしいけどレナ姉ちゃんを独り占めできるこの時間が好きだった。


「私がここにいる間に変わったことはなかった?」


まただ。その言葉におれは目を開けた。
レナ姉ちゃんは自分が倒れたくせにおれたちの心配ばかりする。
これはおれのレナ姉ちゃんに対する唯一の不満だった。おれはレナ姉ちゃんが自分をもっと大切にしてほしいと思う。だってそうじゃなきゃレナ姉ちゃんは損をするばかりだ。メリエンダのお菓子を誰かが頂戴と言えば嫌な顔せずに分けてやるし、ママが怖いくせに進んでママの機嫌を直そうとする。でも、それをどう伝えればいいか分からないおれは結局何も伝えられないでいる。


「ママが」
「ん?」
「ママが、レナ姉ちゃんの歌を早く聴きたいってさ」
「そっか。なら明日にでも行こうかな」
「もう熱は大丈夫なのか?」
「うん。先生の苦いお薬がよく効いたみたいだし、この調子でいけば明日にはこの病室ともおさらばできそう」


笑ったレナ姉ちゃんの笑顔はちょっと寂しそうだった。この顔はカタクリ兄ちゃんとケンカしたときからよく見るようになった顔だ。ケンカの内容はよく知らない。


「レナ姉ちゃん、寂しいか?」
「え……なんでそう思ったの?」
「だって寂しそうな顔してた」


そう伝えればレナ姉ちゃんはふふ、と笑った。


「クラッカーはよく見てるんだね」
「……まぁな」


それはレナ姉ちゃんだけなんて恥ずかしくて言えなかった。


「クラッカーの言う通り……ちょっと寂しいのかもしれない」
「なんで?」
「なんでって言われても……。カタクリと最近話してないからかな、なんて」
「カタクリ兄ちゃん。みんなで見舞いに来たとき一緒に来てたんだぜ」


レナ姉ちゃんの言葉を遮るように言えば、レナ姉ちゃんはおそるおそる聞いてきた。


「……カタクリが?」
「うん。おれたちが帰るときカタクリ兄ちゃんだけここに残ってた」
「ッ!!」


レナ姉ちゃんがおれの言葉に目を見開いて、頬を赤くしながら泣きそうな顔をした。そして、おれと目が合ったレナ姉ちゃんはその顔を両手で隠した。
あんな顔をしたレナ姉ちゃんをおれははじめて見た。


「……あれは、夢じゃなかった…の?」


レナ姉ちゃんがぼそりと呟いたけどその言葉が何を指しているのかおれには分からなかった。

あの日、病室を出たおれが廊下を歩いていく兄弟に駆け寄ろうとしたとき、後ろからペロス兄ちゃんとカタクリ兄ちゃんの小さな声が聞こえた。内容までは聞き取れなかったけど。
扉をピシャリと閉めたペロス兄ちゃんにおれはなんでカタクリ兄ちゃんを病室に置いてきぼりにしたのかと聞いた。


『さすがに今のままじゃ、こっちまで寂しくなるからな』


何がとも言わなかったけどおれには通じた。きっとペロス兄ちゃんもカタクリ兄ちゃんとレナ姉ちゃんに仲直りをしてほしいんだって。


「カタクリ兄ちゃんと仲直りはできたか?」
「……ううん。できてない、と思う。でも、また前みたいに戻りたいな」
「戻れる!」


思わず声を張り上げた。


「クラッカー?」
「カタクリ兄ちゃんはレナ姉ちゃんと一緒にいるときが一番楽しそうだった!レナ姉ちゃんもカタクリ兄ちゃんと一緒にいるときが一番笑ってた!なのになんだよ、一回ケンカしただけで仲悪くなってさ!ケンカするほど仲がいいって言うじゃん!」


自分で自分が何を言っているか分からなかった。でも、二人にいつものように仲良く歩いてほしかった。バラバラのままは嫌だった。


「おれ、二人が仲良く歩いているのを見るのが好きだった!」
「クラッカー……」
「絶対! 絶対仲直りしろよな!」
「あ! 待って、クラッカー!」


言ってしまった恥ずかしさでおれは自分のつくったビスケットの感想も聞かずに病室を飛び出した。とにかくがむしゃらに走って走って、気が付けばカタクリ兄ちゃんの部屋の前まで来た。何かを言おうとして来たわけじゃないし、何を言うのかも決まってない。けれど、なるようになれ!と開き直ったおれは勢いのままその扉をバンッ!と押し退けるようにして開く。


「カタクリ兄ちゃんッ!」
「クラッカー、そんな乱暴に扉を開けるんじゃねェ」


部屋のなかでカタクリ兄ちゃんはソファーに座って本を読んでいた。
そんな本を読む前にすることがあるだろ。
そんな時間があるならレナ姉ちゃんのところに行けるだろ。
ムカムカと気持ちが沸騰する。


「カタクリ兄ちゃんのバカ野郎!」
「あ? おいクラッカー、いったい」
「レナ姉ちゃんを悲しませんな! 絶対仲直りしろよ! バーカ!」
「おい!」


怒られるのは嫌だったから言い切って急いで逃げた。
早く仲直りして前みたいに笑って過ごしてほしかった。そしてその二人に挟まれておれも笑いたかった。


ビスケットのささやかな願い
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