「……そこで何をしているんだ青雉」
「何って、昼寝でしょ」


そう言ってまた寝ようとするクザンにモモンガは頭を抱えた。
全海兵が一度は必ず夢見る階級、それが大将だ。大将となるために日夜時間を惜しんで勉強し特訓する者をモモンガは何人も知っている。そんな憧れや尊敬の的である大将の一人がこんなだらしのない者だとは誰も思うまい。万が一にでもこんな姿を見られてしまえば、一瞬にして幻滅されることだろう。正義感の強い海兵なら、そのような態度のクザンに怒りを覚える可能性もあるのだ。事実、海兵ならばすべて清く正しくあるべきだと主張する同じ大将のサカズキとクザンは仲が悪い(最もこれにはお互いの掲げる正義が対立していることもある)。

しかし、ここでどれほどモモンガが憂いても今のモモンガにクザンの態度を改めさせることはできない。できるとすれば精々注意をすることくらいで、注意するだけで改めるようならクザンはとっくの昔に全海兵が見習うべき模範的な大将となっているはずだ。
つまり、悩んだところで時間の無駄なのだ。それでも毎回このような状況で出会えば注意をするのだからモモンガは真面目か、はたまた世話好きなのかもしれない。


「午後にある会議に遅刻するなよ」


モモンガは最後にそう言葉を投げ掛けて、この場所から去ろうとクザンに背を向けた瞬間、クザンの声がモモンガを呼び止めた。モモンガが立ち止まれば、クザンは「よいしょ」と立ち上がる。


「レナちゃん元気?」
「気になるのか」
「そりゃあ、だっておれが異動を勧めたワケだしね」


やはり腐っても大将。自分が関わったことには最後まで責任をもって見届けようとする意思が感じ取れた。

おつるさんの孫としてその活躍を期待され、無責任な重圧によって潰れかけていたレナにモモンガのもとへ異動を提案したのは当時のレナの上司でなく、クザンだったのだ。


「……どうだろうな。最善を尽くしているつもりだが、それがどうレナ少佐に影響しているのかも定かではない」
「ふーん。まぁ、モモンガさんの部隊になったからこそ今でも海軍にいるんでしょ。あの部隊にいたままじゃ、どうなってたのか分かったモンじゃないよ」
「そう考えれば多少は回復したと思っていいのだろうか……」
「いいんじゃない?」
「……おまえほど気楽に思えればいいのだがな」
「何それ嫌味?」
「まさか」


そうして今度こそクザンに背を向けて去っていこうとするモモンガは再び立ち止まることとなる。


「モモンガ中将」


振り返れば規定通りに制服を着用し、見本のような姿勢で立つレナがそこにいた。だが、モモンガが声をかけるよりも先にクザンがレナに声をかけた。


「よぉ、レナちゃん」
「おはようございますクザン大将」
「半年前と比べて肌がきれいになったんじゃない?」
「そうでしょうか」


クザンにそう指摘され、レナは顔にぺたりと手のひらを添えて確かめるが頭の上にハテナを浮かべるだけだった。


「まぁ、肌がきれいってことは心身ともに健康だってことだ」
「クザン大将がそう言うのならそうなのかもしれませんね。自分では分かりませんが」
「……レナちゃんっておれのこと苦手?」
「多少は」
「そっかー……あーあ、レナちゃんがそんなこと言うからやる気なくなっちゃった」
「そうですか」
「レナちゃんから可愛く『頑張って下さい』って言われたらやる気出るかも」
「それは私の仕事ではありません」
「じゃあ大将命令」
「職権乱用です」


この二人のやり取りを間近で見ていたモモンガは表情にこそ出さなかったが心底驚いていた。確かにレナの異動を勧めたのはクザン自身であり交流はあるだろうと思っていたがまさかこれほどまで打ち解けているとは思っていなかったのだ。口数が少なく上下関係をきっちりと守るレナが大将と少佐という立場の違いをあまり感じさせない雰囲気を纏っていることにモモンガは唖然とするしかなかった。
さみしい。
そんな感情がモモンガの胸のなかでポンッと生まれる。
さみしい?
モモンガはその感情を生み出した自分自身に驚いた。なぜさみしいと思ったのかモモンガにはさっぱり分からなかった。


「モモンガ中将、モモンガ中将」


ふとモモンガが我に返れば目の前でレナに名前を呼ばれていた。


「すまない、少し考え事に気を取られていた。それでどうしたんだレナ少佐。私に用があるんだろ?」
「はい。先ほど本日中に提出しなければいけない書類に不備が見つかり、もう一度モモンガ中将に確認をしていただかなければいけません」
「そういうことか。分かった、すぐ向かおう。それでは失礼する青雉」
「失礼しましたクザン大将」
「はーい、またねー」


二人にひらひらと手を振り見送ったクザン。その視線は真っ直ぐにレナへと向けられていた。
無表情に見えるレナの顔。現にモモンガは未だその表情を正しく読み取ることができていない。しかし、レナの目は雄弁だ。モモンガを見つめるレナの目はとても穏やかで、半年前とのあまりの変化にクザンは面食らった。


「……そんな目もできるんだね」


妹のように可愛がっていた存在を急に女として見てしまった衝撃に似た戸惑いがクザンの心を激しく揺さぶった。


「はぁ……勘弁してくれ」


欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れたい主義なのだ。


「……レナちゃんの幸せを壊したくはないんだけどなぁ」


その言葉は誰にも聞かれることなくカモメたちの鳴き声にかき消された。


吐き出された独白
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