「レナ!!」


振り向くと同時にその声の主が勢いよくレナにぶつかって……否、抱きついてきた。


「相変わらず元気だね、たしぎ」
「レナのほうこそ、元気そうでよかった」


まるでレナの存在を確かめるかのようにたしぎの腕に力が入り、その腕はわずかに震えていた。


「……どうしたの? たしぎ」


らしくないたしぎの様子にレナがたしぎの背中をはたいて顔をあげさせようとした瞬間に、たしぎが両手をレナの肩においたまま体を離した。
どことなく怒っているようだった。


「……たしぎ?」


だが、たしぎがなぜそんな表情をするのか見当もつかないレナはたしぎの名前を呼ぶしかできなかった。


「……の…か」
「え?」
「レナのばか!」


たしぎの目にはうっすらと涙の膜が張っていた。


「半年前から手紙が来なくなって、私、レナに何かあったんじゃないかって心配で心配で、それで手紙を何通も送ったのにやっぱり一通も返ってこないから、……もうどれだけ心配したと思ってるの!」


大きな声を出した拍子に目の縁にたまっていた涙がポロリとたしぎの頬を伝った。しかし、レナの意識はそこに向けられていなかった。


「え、手紙を返してこなかったのはたしぎでしょ?」


そう。レナは半年前に送った手紙の返事をずっと待っていたのだ。
たしぎがぽかんと口を開ける。


「ローグタウンでの任務が大変で私なんかの手紙の返事を書く暇もないくらい忙しいのかと思ってた」
「え?」
「違うの?」
「違う。確かに忙しかったけど手紙の返事を書けないほどじゃなかった」
「じゃあなんで?」
「分からない……お互いに住んでいるところが変わったわけでも」


そこまでたしぎが呟いたとき「あ」とレナが声をあげた。


「……なに?」
嫌な予感がしたたしぎはそれでもレナに声をかけた。


「……私、半年前に引っ越して、住所が変わったんだった」


涙が引っ込んで真顔になったたしぎに、とりあえず何か言わなければと思ったレナは「ごめん」と小さな声で謝った。
たしぎが顔を下に向けた。と思えばすぐに顔を上げた。その表情を見て、レナは反射で両耳を手で押さえた。


「住所が変わったら教えてくれないと分からないでしょ!!!」


*****


「えっと……その、ごめんね?」
「……うん、いいよ。私もちょっと取り乱し過ぎたし今回はこのパンケーキで許してあげる」
「ありがとう、たしぎ」


マリンフォード街にあるカフェでレナとたしぎはパンケーキをはさんで向かい合わせで座っていた。


「本当に、レナに何もなくてよかった」


入隊時からの仲であるたしぎがレナを正面から見つめてしみじみとそう呟く。そんなたしぎの視線がくすぐったくてレナは重なっていた視線をそらす。

レナとたしぎはいわゆる同期であった。もともと海軍では男性に比べて女性の数は圧倒的に少なく、さらにその年の同期のなかに女海兵はレナとたしぎの二人しかいなかった。この二人が仲がいいのも当然といえば当然なのかもしれないが、それでも相性がいいのか時間があれば一緒にいた。辛くてキツい訓練も複雑で覚えることの多い座学も、二人で乗り切った。レナだけがどんどんと昇進していくときもたしぎは僻んだりせず心から応援した。

そんな近くにいたたしぎだからこそ「おつるさんの孫」というレッテルを貼られていることにどれだけレナが苦しんでいるのかもよく知っていた。だから、たしぎの配属先がローグタウンと決まったとき、たしぎは物理的に離れてしまうレナが心配でたまらなかった。手紙もたしぎがレナに頼み込んで承諾をもらった。しかし、レナから送られてくる手紙の内容はあまり明るいものではなく、半年前の手紙の最後は『もう疲れた』で終わっていたため、たしぎは心労のあまりいつにも増してドジを連発し、たしぎの上司であるスモーカーにもいつも以上に怒鳴られていた。

本部に戻ったとき、レナに会えたとしてもきっと……とレナとの再会にたしぎはあまり期待をしていなかった。
ところが、不穏な一文を残して手紙を送らなくなった当の本人であるレナはたしぎの予想を裏切る形で再会した。
感情があまり見えない表情と目の下の隈は相変わらずだったが、顔色はよく、体型も維持できていて、髪に潤いがあった。何よりあれだけレナを包み込んでいた負のオーラが消えていた。そんな親友にたしぎが出会い頭に飛びついてしまうのも仕方がない。


「ねぇレナ、この半年間で何があったの?」


たしぎがそう問えば、レナは過去を思い出すかのように視線を斜め上に飛ばした。


「私が手紙を送ってから二週間……いや三週間後にモモンガ中将の部隊に配属されたんだ」


モモンガの名前を口にしたレナの声はたしぎが驚くほどやわらかかった。


「こんな私にもよくやったってほめてくれるの」
「……そっか。よかったねレナ」
「うん。モモンガ中将は、私の生きる希望だから」


コップに入ったジュースを眺めながらレナは熱のこもった声で、独り言のようにそう呟いた。
そんなレナの変化にたしぎは泣きそうだった。理由はどうであれレナが生きるという選択肢を選んでくれたことが嬉しくて、たしぎは席を立ってレナを抱き締めた。抗議の声が聞こえても、たしぎは聞く耳を持たずにふふ、と笑った。


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