唐突だが、万事屋は火の車だった。

これは、むしろ「いつもの事」であったのでそこは大した問題ではない。

そしてそんな時、手っ取り早く稼ぐ手段(つまりコネ)も一応は確保してあり、人としてのギリギリのアイデンティティは保っている。

しかし、その中に「男としてのプライド」は介在していない。

いや。この場合、なりを潜めているというかあえて封印しているというか。

…つまりは、だ。

現在、俺は「かまっ娘倶楽部」なるばけも…飲み屋でバイト中で、

今はなんの罰ゲームか営業前の買い出しという名のパシリで、しかもオカマ姿でかぶき町を徘徊中である。

キモいのはわかってる。重々承知してるから。そこの道行くオッサン、こっちをガン見すんのやめてくれ、マジで。

何度やっても慣れることがないこの恰好は、(当たり前だ、慣れたら一大事だ)普段は気にしない人目をことさら意識してしまうことになる。

一気に憂鬱になった気分を肺から絞り出すかのように深いため息を吐くと、なぜだか周囲のオッサンやらオネーチャンやらがざわめいた。

いつの間にか痛いほどに凝視されてるんですけど。

つか、なんでもありのかぶき町の住人ならオカマの一人や二人、いまさら物珍しくもないだろうに、なんだこれ。

今日もいつものキモいオカマ姿のはずだが、なにか特別おかしな所でもあっただろうか。

はて、と最後に姿見で見た自分の恰好を思い浮かべてみるが思い当たらない。

…まあ、いいか。さっさと買い出しを終わらせて化け物の巣窟に戻ればこの姿も目立つまい。まさに木の葉を隠すには森、だ。

ぐずぐずして顔見知りにこの姿を見られるのもコトだ。

そう意気込んで足を早めようとした時、横から思いもよらないセリフが飛びかかってきた。


「ちょいとそこ行く美人のおねーさん、俺と一杯どうですかィ」

「……は?」

「どーも。まさか旦那にそんなシュミがあったとは露ほども知らなかったですぜィ」

「げ」


思わず振り向いたそこにはいつも通りの無表情で立つ沖田の姿があった。

よりにもよって相手がコイツなんて最悪だ、今日は厄日に違いない。あるいは仏滅か。


「シュミじゃねーよ、仕事だ仕事」

「へーえ?」


ぐったりとした気分で言ってはみるが、予想に違わずまるで信じていない様子の声音が返ってくる。

つか、なんか機嫌悪ぃ?


「信じてねーだろ、つかなんでお前そんなに機嫌悪ぃの」

「信じてますぜ。ただ、そんな恰好で他の男に媚売ってるアンタ想像したらムカムカしてきただけでィ」

「はぁ?」

「アンタ、さっきからどんだけ注目集めてるか自覚ありますか?」


そりゃあ、キモい自覚はあるけどよ。

なんかコイツに言われると結構へこむなぁ。


「…とにかくちょっとこっち来なせえ」

「え、ちょっと、沖田くん?」


少し俯いた俺の顔を見て、形の良い眉をぐっと寄せた沖田は俺の手首を掴んでぐいぐいと歩く。

そして大通りから人通りの無い裏道に入ったところでピタリと足を止め、掴んだ手をそのままにずいと顔を寄せてきた。

いきなりのことに驚いて身を引こうとすると、背中が壁に当たる感触がして逃げ場がないことを感じた。

ひたりとこちらを覗きこむ表情からは、一体何を考えているのか見当もつかない。


「旦那は無自覚過ぎらぁ」

「仕方ねーだろ、俺だって生活かかってんのよ」


だから少しくらい気味悪いのは勘弁して欲しいんだけど。

と、ごちると沖田は呆れたような深いため息をついた。

なんだその態度。さすがの銀さんだってちょっと落ち込むぞ。


「やっぱアンタ馬鹿ですねェ」


スル、と頬を撫でられて驚く。

その手つきがまるで壊れ物に触るような繊細さでますます混乱する。

いったいこの子どもはどうしたというのか。


「沖田?」


普段と違う様子に少しだけ心配になって首を傾げると、沖田はその大きな眼を少し細めて思い切り俺の頬を引っ張った。


「あだだだだ」

「そんな面白い恰好で出歩いてちゃいけませんぜ、猥褻物陳列罪で逮捕しますぜ?」

「離せコラ!人を犯罪者呼ばわりすんなこのクソガキ」

「公務執行妨害も追加でさァ」

「いでででで、すいませんでした!お願いだからほっぺひっぱんのやめて!伸びる!戻らなくなる!」


さっきまでの妙な雰囲気が嘘のように霧散し、いつも通りのやりとりが行われる。

それに少しほっとし、同時になぜそんな気持ちになるのかという疑問も沸いたが、答えは出ることなくただただもやもやとしたものだけが残った。




まったくなんだって、俺はこんな事になってんだっけ?

俺は頬をつねられる痛みに耐えながら、ぼんやりと茜色から藍色に変わる空を見上げてため息をついた。







空は藍色、あしたは何色


<2010.5.5>


沖田sideback


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