吐く息がことごとく白い蒸気になって空に溶ける。

改めて眼で見て確認できる状況だと、より一層寒く感じるのだから不思議だ。

電灯もほとんどない道を、三人分の靴音を響かせながら歩く。

その道筋で、焦れたように騒ぎだしたのは初詣なんて七面倒くさい行事に参加したいと熱烈に訴えた張本人たる神楽だった。


「銀ちゃん!まだ着かないアルカ!?」

「うるせー!あともうちょっとだから騒ぐなっつーの!」

「神楽ちゃんも銀さんも、夜中なんですからもう少し静かにして下さいよ」

「ウルサイネ、新八。私は一刻も早く目的地に着きたいだけネ!」

「堅っ苦しいこと言うなよ新八ぃ。だいたい大晦日なんだから夜中もなにもねーよ」

「まあ、そりゃそうですけど」

「いーから、さっさと行こうぜ。神楽もうるせーし、何より向こうに着けばタダで甘酒飲み放題だしな」

「マジでか!飲み放題アルカ銀ちゃん!!」

「オメーに渡したら一滴も残らねーだろーが!ついでに言えばお前はまだ未成年だっつーの!」


ぎゃあぎゃあと、騒ぎながらも長い長い石段を登りきり、境内へと踏み出す。

今までの寒々しいまでの静けさと打って変わるその空間は、右をみても左をみても人、人、人。

屋台のほの明るい光も相俟って、普段は人気の少ない境内がまるで別の場所のようだ。


「すっごい人アル!一体どこからわいてきたアルカ!」

「神楽ちゃん、あんまり一人で行かないでよ!?」

「ワタシが早いんじゃないネ、お前らが遅いだけネ!」

「はしゃぐんじゃねーっつってんだよ。迷子センターから呼び出しされても迎えにいってやんねーぞ」


がりがり、と頭を掻きながら子供たちに忠告する。

こんな知り合いが大量にいるであろう場所で、大々的に名前を連呼されるのは御免こうむりたい。


「ハ!バカにすんなヨ!ガキじゃないんだからそんなとこ行かないネ!」

「そーかいそーかい。じゃあ、一人で行って来い。お前が一周してくる前に俺らはひとしきり食って帰るから」

「二人とも、屋台回るのが目的じゃないですからね?お参りが先ですからね」

「「えーーー」」

「オメーら二人とも同レベルじゃねーか!」


そんな会話を交わしながら、屋台の群れの中を歩く。

食欲をそそる匂いにつられて、どこぞへ走り出そうとする神楽の襟首を引っ掴んだところで、偶然にそれが視界に入った。

いつもの見慣れた黒い隊服ではなく私服姿の青年と、地味な色合いではあるが遠目で見ても上等な晴れ着を着た、可愛らしい少女。


…あれは。


見るからに楽しげに少女は笑い、時折青年――沖田の方を振り返り話しかける。

当の沖田は相変わらず何を考えているのか判らない表情ではあったが、

傍から見れば十分に可愛らしいカップルに見える。

そこまでぼんやりと考えて、途端に胸の中がぐるぐると嫌なものに支配される。

制御できないそれに、小さく舌打ちして眼を伏せた。


「銀ちゃん?」

「? どうかしたんですか、銀さん?」

「…あー、俺ちょっと急用思い出したから帰るわ。新八ィ、神楽よろしくなー」

「ちょ、銀さん!何なんですか、急に!」


急に動きを止めた俺を不審がった二人の声で、我に返る。

そのまま踵を返して帰ろうとしたところで、背後から神楽の嬉々とした声が響いた。


「あ!そよ!」

「女王さん!」

「旦那じゃねーですかィ」


続いていつもの平坦な声音が響いて、あれ、と思う。

その声音のどこにも、浮気現場を恋人に抑えられた男の焦りが全く感じられないからだ。

そろり、と視線を向けるといつの間に接近したのか、手を伸ばせば届く距離で沖田がこちらをじっと見ていた。

未だ嫌なものに支配される気持ちに、いつもなら返せる視線も返せず、視線が定まらない。


「お、おう…」

「初詣ですかィ?」

「神楽がどうしても行くって聞かねえから」

「へー」

「そっちもそんな感じだろ」

「まあ、そんなとこでさァ」


かけた鎌も否定することなく、平然と頷く沖田にどうしようもなくいらいらした。


「…っそ」

「――ああ、成程」

「ぁ?」

「アンタ、妬いてんですかィ」

「な!」

「メガネェ、ちょいと旦那借りてくぜー。そっちのお嬢さんはテメーらにまかせる」

「…は?ちょっと、銀さん、沖田さん!?」


言うや否や、俺の腕を掴んで歩きだす沖田に引きずられ、どんどん喧騒から離れた境内の奥に連れ込まれる。




「ちょっと、沖田…!」

「俺が浮気でもしてると思いました?」


やっと立ち止った相手に文句を言いかければ、沖田はにやにやと笑う顔を隠しもせずに言葉を重ねる。

ストレートな物言いに二の次が言えないでいると、目の前の恋人はますます笑みを深くして続ける。


「図星だ」

「…違うのかよ」

「違うに決まってるでしょーが。馬鹿ですねぇ」

「じゃあ、ナニ」


嬉しげに唇を寄せてくる相手を押しのけて問えば、それに気分を害された様子もなく沖田は答えた。


「護衛ですよ」

「ごえい…?」

「ええ、あのお嬢さん、お姫さんなんで」


どうしても、初詣で友達と会いたいっつって聞かねえから、俺たちにお鉢が回ってきたんです。

と、言いながらも再び伸びてくる腕に今度は抗うこともなく、素直に口付けを受ける。


「なんだ…」

「本当に馬鹿ですねぇ」

「テメーもう一回言ったら殴るからな」

「それよりも旦那ァ」

「…なに」


ぎゅうぎゅうと、痛いくらい抱きしめられる感覚に嫌な予感を感じつつ、相変わらず嬉しげな気配にため息をつく。


「浮気したなんて疑われて、傷心している俺を慰めてくだせえよ」

「このエロガキ、どこが傷心だ!」

「顔で笑って心で泣いてるんでさァ」

「絶対心から笑ってるだろーが!」









ほっとした、


<2010.5.5>


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