「旦那、好きです」
「あっそう」
うららかな午後。日差しは柔らかく、風も爽やか。
絶好のサボり日和。そしてこれは最近、おれたちの間で恒例になりつつある光景。
二人きりになれば、おれが旦那に告白して、即座に振られる。そんなことを繰り返している。
「つれねェなー旦那。ちょっとは考えるそぶりくれェしてくれたっていいじゃねーですかィ」
つめたいですぜ、とぼやいてみるも旦那はどこ吹く風だ。
「最初の頃は、大慌てしてくれてたってのに」
「いちいち反応してたら疲れんだよ」
大人をからかうのも大概にしやがれってんだ。とぼやいてさっさと立ち去ろうとする。
「もう行っちまうんで?」
「こう見えても俺ぁ暇じゃねーのよ。他人をからかう事が生きがいみてーなどっかの誰かさんと違ってな」
じゃーな。と軽く手を振って、それはもうあっさりとどこかへ消えてしまう。
「さすが旦那。手強いなァ」
こんな冗談みたいなやり取りだが、おれは本気で旦那に恋をしている。
最初は自分でも冗談かと思ったし、ともすれば今だってそう思う時もあるくらいだ。それでも、忘れられない表情がある。
何でもない晴れた午後の日、たまたま通りかかった道で見かけたその姿。
少し前を行く眼鏡とチャイナのじゃれ合いを眺めて浮かべた、愛情が透けて見えるその笑みを見た瞬間。
ああ、欲しい、と思った。
それから何度、それを冗談だ気の迷いだと笑い飛ばそうとし、結局また元へ戻ってを繰り返して。
ようやくおれは自分の恋心というやつを自覚できたのだった。
今日で通算何敗だろうか。もう数えることをしなくなったくらいには回数を重ねているが、旦那はおれのこの告白をどう思っているんだろうか。
旦那はいつも流すばかりで、明確な答えを出してくれた事はない。
その態度に焦れはするものの、もしかしたら、とそう期待している自分が居て。
どうしたものかと考えていると、隊服の中から電子音が鳴り響いておれの思考を遮る。
着信画面を見なくても判る、こんなタイミングでかけてくるヤツぁ野郎しかいねー。
「なんでィ、土方さん。人が真剣に悩んでるってのに」
『んなこと知るか!さっさと屯所に戻ってこい!』
携帯から響く怒号でおれのつかの間のサボりが終了を告げたのだった。
「おい、まだ終わんねーのかィ」
「はぁ。それがなにか面倒な押収物があったらしくて」
捕り物が終わったのにも関わらず、いつまで経っても撤収の声がかからない。
そんな状況に飽きて欠伸交じりに運転席で控える部下へ問いかけると、生真面目にそう返された。
「押収物?」
「今回の奴ら、攘夷活動のためにたんまり武器やら何やら危険物を山ほど蓄えてたらしいんです。で、そのせいで手間取ってるみたいで」
「ほー」
「ほーって、隊長。監察方が副長に報告してたじゃないですか」
「聞いてなかった」
呆れた声を出す部下の様子を無視してシートに沈めていた身を起こし車を出る。
「隊長!どちらへ行かれるんですか!」
「まだ暫くかかるんだろ。ちょっくら散歩してくらァ」
ひらひらと後ろ手を振って、隊士たちが忙しなく走り回る現場へ向かう。もちろんその問題の押収物を拝みに行くためだ。
人の気配が多い方へと向かって行くと、予想に反して小さな倉庫の様なところへ出た。
中を覗くと部屋いっぱいに天井まで届きそうな高さの棚が並び、さらにそこにびっしりと薬瓶のようなものが並んでいる。その光景はなんとも異様で、自然とそちらへと歩を進める。
「なんだこりゃァ。連中、毒でもばらまくつもりだったのか」
「その可能性はありますが、まだこれが何なのかも判らんのです。研究部隊に引き渡しをせにゃなりませんな」
現場指揮を執っている隊士に近付き、並んでそれらを見上げる。
薄暗い照明に鈍く光る瓶の中の液体は何なのかも判らない事も相まって一層不気味だ。
「一体なにが入ってんのかねェ」
「沖田隊長、あまり不用意に近付かんでくださいよ」
「わかってらァ」
おれが一歩踏み出した、その時だった。
「危ない!」
「っ!」
突然、頭上から降り注いできた薬品を避ける術もなく。
まともに被ってしまった薬品の臭いをかいだ辺りでおれの意識は途切れた。
おろおろと眼の前で右往左往する近藤さんをぼんやりと見上げていると、そんなおれの様子に気付いた土方が半眼で睨みつけてきた。
それを素知らぬふりで無視して改めて自分の状況を見直す。常より低くなった視界。軽く感じる体重、反比例するようにずっしりとした愛刀の重み。口を開いてみれば、高い声。そのどれもが普段の沖田総悟とは異なった感覚だ。いや、正しくは『懐かしい』感覚と言うべきか。つまり、一体何が起こったかというと。
「総悟、さっきから暢気にしやがって。てめーには危機感つーモンがねえのか。お前、ガキの体に戻っちまってるんだぞ」
そう、おれはどこぞの漫画よろしく、小さな子どもの姿になってしまったのだった。
普段、真選組なんてヤクザなところに身を置いているうえに、面白そうだと思うことには自ら首を突っ込まずにはいられない性分もあって多少の荒事や厄介事には驚かない自信があった。しかし、まさか『人生は何が起こるか分からない』なんて言葉を心底実感する時が来るとは。本当に何が起こるかわかんねーもんだ。
「おい総悟聞いてんのか!」
「聞いてやせーん」
「てめぇ…」
回想の間もくどくどと説教を垂れていた土方さんの小言もわざとらしく間延びした口調ではぐらかす。起こっちまった事は変わらねえんだから、うじうじとしょぼくれてたって仕方ねえだろう。
「まあ、命にかかわるようなもんじゃ無かったのは不幸中の幸いってもんだろう。なっ」
睨み合うおれたちの間に割り込んで、落ち着きを取り戻した近藤さんがいつものニカリとした顔で笑う。
「近藤さん…あんたは楽観的過ぎんだよ」
「そうは言ってもなあ。なあ、トシ。この後はどうする」
「ったく、とりあえずこの姿のこいつを屯所に置いておく訳にもいかねぇだろう。隊士
たちに口止めはしちゃいるが、ここに子どもは悪目立ちするからな。いつ外部に漏れて浪士どもの標的にされるとも限らねえ」
「ふむ、ある程度信頼のおける、かつ子どもがいても目立たない場所か…」
「あるじゃねーですか、条件満たしてるところが、ひとつ」
「はぁあああああ?」
近所に轟き渡るような大声を上げて相手は目を剥いた。まあ、そうだろう。いかに巻き込まれ体質のこの人でも、この状況は。
「うるせえな!でけえ声だすんじゃねえよ!」
「そっちこそうるっせーわ!何コレ?何でお宅のお子さん更にお子さんになってんの?バー●ーなの?」
俺が提案したのはここ、万事屋へ身を寄せる案だ。ここならば多少の荒事も慣れているし、なによりなんだかんだと言っても腐れ縁の仲だ。そこらの役人よりはずっと信頼出来る。もし万が一、土方さんが疑っているように旦那に疑わしい面があるなら、おれがここに居る間にそれを押さえて引っ張れば良い。と、こんな事を並べ立てて二人を説得することに成功した。実を言うと本心は別のところにあるのだが。
「経緯は話した通りだ。俺としてはお妙さんのところへ置いてもらえれば、ずっと一緒に居てやれると思ったんだがなあ」
「あの、さらっとウチに四六時中いるのを当たり前みたいに言わないでもらえます?」
近藤さんの発言に眼鏡がひくりと顔を歪ませる。近藤さんの姐さんへのストーキングは相も変わらず続いているが、毎日毎日、ボコボコにされて戻って来ては嬉しそうにノロケ―正しくはノロケでも何でもないが―を吐くこの人は毎日が幸せそうだ。
おれの気持ちを伝えるのなら真正面から。という姿勢は、別に近藤さんを見習った訳でもなんでもないのだが、どうにも似てしまったらしい。毎度、振られるところまでそっくりなのは、勘弁してほしいところだが。
今回、この事態になってここに来ることを選んだのは、ほんの少し、今の状況に焦りもあったからだ。いつもよりも少しでも近付くことで、旦那のあの表情をおれへ向けてもらえる『特別』になれるきっかけになればいいと。
「大体、戻る手立てが見つかるまでって言うが、どんぐらいかかるんだよ」
「幕府直属の研究部隊が解析にかかってんだ。さほどかからねえはずだ」
「なんだ。んな、御大層なモンがついてんなら安心じゃねーか。そいつらにぱっぱと治してもらえばいーじゃねーの」
「それが出来りゃあ、ここに来る訳ねえだろうが」
苦々しい表情で土方さんがため息を吐く。
「頼む、これは依頼ととってもらって構わねえ」
へえ、と驚いたように旦那が小さく零す。眼鏡もチャイナも同じような表情で顔を見合わせている。おれたちが万事屋に依頼をするとは考えていなかったのだろう。
「頼む、万事屋!」
駄目押しとばかりに近藤さんが叫ぶ。
「…依頼ってんなら仕方ねーな。面倒くせえがその仕事、引き受けてやらぁ」
ただし、客扱いはしねーからな。とため息交じりに旦那がそう言って、かくしておれの目論見通り、無事に万事屋へ居候をすることになったのだった。
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