その日の早朝、まだまだ夢の中にいた銀時を現実に引きずり戻したのは忙しなく連打されるドアチャイムの音だった。
普段であればそんなものは無視を決め込む銀時だったが、その日はたまたま扉を開けた。
そして、扉の向こうに立っていた嫌に爽やかな笑顔をたたえた人物は開口一番。
「おはよーございやす、旦那。ちょいと付き合ってくれやせんか」
ゴトゴトと、電車が揺れる。
都会のそれよりもゆっくりと流れる車窓の風景を眺めながら、銀時はため息を吐いた。
「随分と悩ましげなため息ですねェ。なんか悩み事ですかィ?」
「べっつにぃー」
「水臭せー事は言いっこなしですぜ、旦那ァ。俺と旦那の仲じゃねェですかィ」
「…そりゃどーも」
ため息の元凶がいけしゃあしゃあとのたまう姿にひくり、と片頬を歪めて笑う。
その顔には『てめー判ってて言ってんだろコノヤロー』というのが前面に押し出されていたので、言葉を濁した意味がないが。
「まあ、そうあからさまに嫌そうな顔しねーで下せェよ。そんなに俺と遠出すんのは嫌でしたかィ?」
「朝早くにいきなり叩き起されて、行き先も教えられずに連れ回されんのは誰だって嫌だろーよ」
そう吐き捨てると、目の前の恋人は「あ」と言われてみて初めてその事に気付いたかのような顔をした。
その表情を見て銀時はおや、と思う。
てっきりこちらの苛立つ姿を見ていつものように面白がっているか、こちらの事など気にも留めていないのだと思っていたが、
先程の顔を見る限り、どうやらどちらでもないらしい。
「で?一体どこ連れてってくれんの、沖田くん?」
「…それは着いてのお楽しみでさァ」
改めて問えば沖田は少しだけバツが悪そうに視線をうろつかせた後、くすりと笑ってそう言った。
「ここって」
「なーんにもねぇところでしょう?」
銀時達が降り立ったのは、見渡す限り一面の野山が広がる田舎町だった。
「ここが俺の故郷でさァ」
まるで噛み締めるようにそう沖田は言った。
その言葉につられ、銀時も沖田が眺める風景に目をやる。
何にも遮られない空は高く、青々と茂る草木は緩やかに吹く風に揺れる。
何処にでもある田舎町の見本のようなその姿。
それでもここが目の前の子どもを育んだのだと思うと、不思議と愛おしく思える。
「ホントになんにもねぇなー」
「でしょう?」
わざと呆れたように言ってみれば、沖田は楽しげにそう返す。
ああ、コイツはここが好きなのだなと、そう思える顔で。
「じゃあ、行きやしょうか」
「ん」
何処へ、などとは聞かない。
行く先など、判っているからだ。
「ただいま戻りました、姉上」
二人で墓前に立つ。
沖田の姉、ミツバの墓は村の墓地の一角にまるで生前の彼女の様にひっそりと、しかし凛とした風情でそこにあった。
「俺らの前に誰か来てたんだな」
「…そーみてぇですねェ」
そこには既に色とりどりの花と、タバスコが一本ぽつんと供えられていた。
「一体どこのどいつだか知らねーが、タバスコ一本なんてケチくせェったら」
ブツブツと文句を言いながら、沖田は自身の荷物の中から激辛煎餅を1袋取り出す。
そしてそのまま地べたに座り込むと煎餅袋をバリリと開け、取り出した一枚を銀時に差し出した。
「ん?くれんの?」
「姉上も一人で食うより大勢で食った方が美味いでしょうから」
「そっか」
その言葉に従い、銀時もその場に座り込みバリバリと煎餅をかみ砕く。
いつぞや、病院の屋上で食べたものと同じそれだが、今日は辛さで言葉に詰まることもない。
晴れ渡る、高い空を見上げる。
「いーい天気だなー」
「そうですねェ」
「どうせなら団子も食いたかったな」
「今度は用意しときやす」
「あと酒もー」
「へいへい」
沖田と他愛もないそんな会話をしながら、ちらりと墓石を見る。
(あんたの弟はこの通り元気だよ。元気過ぎてこっちは参っちまうことが多いけど、まあ、心配しねーでもコイツは大丈夫さ)
そう呟くと、彼女が笑う様に墓前の花が揺れた気がした。
はながわらう