今更言うことではないがここ、万事屋銀ちゃんは毎日開店休業の有様だ。

店舗兼住居である応接間(というか茶の間)では、一応店主の銀さんと従業員の一人である神楽ちゃんがだらだらと怠惰な時間を過ごしているのが常だ。

神楽ちゃんはともかく銀さんはやろうと思えば掃除も洗濯も食事だって自分でやれるくせに、他にやる人間(つまるところ僕の事だ)が居るとなると途端に何もしない。

これだから世の父親は家族から煙たがれるんだろうな、と最近はしみじみと思うほどだ。

だが最近、この家でだらだらとする人間が増えた。別に僕がだらだらする側に入った訳ではない。ただ単に他の人間が増えたのだ。


「沖田さん、お茶どうぞ」

「あーども」

「おかわりしたい時は、いつも通り勝手に自分で淹れてくださいね」

「へーい」


いつものようにジャンプを読みながらだらけている銀さんの隣に座った沖田さんは、相変わらず何を考えているか判らない表情でお茶菓子を頬張っている。

真選組の人たちと関わり合いになるようになって、どれくらい経った頃だろうか。

ある日突然、沖田さんが万事屋にやって来る事が多くなった。

彼を毛嫌いしている神楽ちゃんは最初その事を相当嫌がっていたけれど、毎回持ち込まれる手土産の菓子折りの数々にいつしか何も言わなくなった。

まあ、文句を言わなくなっただけで、毎度口喧嘩を吹っ掛けるのをやめない辺りが神楽ちゃんらしいけれど。

その彼女は今は定春と遊びに出掛けていて、居ない。

僕も家事に一息ついた所だったので、銀さんの向かいに座ってお茶を啜りながら珍しく罵り合いの響き渡らない空間にほっと息を吐いた。


(平和だ…)


銀さんがジャンプをめくる音と、ワイドショーが賑やかに街の噂話をする音だけが部屋に響く。

ずずっとお茶を啜る音がして視線を向けると、沖田さんも僕と同じようにぼんやりとテレビを見ながら湯呑を口に運んでいる。


(あれ?)


そういえば、沖田さんって何をしにうちに来てるんだろう。

今だって、特に誰と話す訳でもなくお茶飲んでるし。

そういえば僕が知っている限り、大体神楽ちゃんと喧嘩してるくらいでしかここで喋らないんじゃないだろうか、この人。

…沖田さんの場合、ただ単に仕事をサボる場所を求めて来ていると言われても納得してしまいそうだけど、

でも、それにしたってサボる為だけに毎度お茶菓子を買って来るというのは手間がかかり過ぎだろう。

今まではまるで気にしていなかったのに、気付いてしまったが故に気になって仕方がない。


(聞いてみたい…けど、今更何て言ったらいいのかも判らないしなぁ…)


そんな風に悶々と考えていた時だった。


「そういえば旦那ァ」

「んー?」


徐に口を開いた沖田さんが爆弾を投下したのは。


「好きでさァ」

「ッブ!!!!!」


口に含んだお茶を吹いてしまった。

え、何。今この人何て言ったの。銀さんに向かって好きって言ったように聞こえたけど、僕の幻聴かな。幻聴だよね。そうですよね沖田さん!

あまりの事に、いつものツッコミも声にならない。人間って想像を絶する状況になると、声も出ないんだなぁ。


「何、急に」


今までジャンプに注がれていた銀さんの視線が沖田さんに移る。その様子はいたって平静だ。

というか、銀さん。どうしてそんなに冷静なんですか。もっとなんかリアクションがあるでしょう。

もっとこう僕みたいに取り乱すとか、絶句するとか、頬を染めてみるとか!あるでしょうに!


「好きっていうかもう愛してます」

「うん、知ってるけど。だから、急に何」


(あっあいしっ……!!)


「…アンタんとこの眼鏡、面白れーですねィ」

「ちょっと、あんまりうちの子からかわないでくれる?童貞は繊細な生物なんだからさぁー」

「じゃあ、旦那も繊細なんですかィ?」

「銀さんはそんなもんとっくの昔に卒業してますぅー」

「ついこの間、俺で処女も卒業しやしたもんね」

「…お前って本当、そういう下世話な話好きな」

「旦那だって似たようなもんでしょうや」


こちらを見ながらニヤニヤする二人の会話はここまでしか正直覚えていない。

あれが二人の悪ふざけなのかどうなのか、その真実は判らない。そしてわざわざ確かめるのも怖い。

でもあれ以降、銀さんの顔が真正面から見られない僕は、一体どうしたらいいんでしょう…。








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