木枯らしが通りを吹き抜けるたび、道行く人は身を縮ませる。

頭上には冬特有の高い空が晴れ渡っているがそんな事は下を向き、足早に歩く人々にはまるで関係のない事だ。


かくゆう沖田自身も足早に道を急いでいた。

なにせ年末へのカウントダウンがされると共に通常勤務の他にお偉いさん方の式典の警備がどうのこうの、

訪問中のどこぞの要人の警護がどうのこうのと次々と真選組に仕事が押し寄せ、流石の沖田も仕事を放り出す事も出来なかったのだ。

珍しく真面目に仕事に取り組んだ結果、月が変わってから2週間もの間、まともに恋人に逢うことも叶わなかった訳だ。

ようやっと一時息がつけたと同時、それまでなりを潜めていた「会いたい」が暴れだし、そんな自分の感情に苦笑いしながらも素直にそれに従うことにしたのだ。


(珍しく仕事したご褒美くれェもらったってバチはあたらねーだろィ、なんて言ったらあの人にまたガキだと馬鹿にされんのかねェ)


そんな他愛もない幸せなやりとりの想像をしつつ、浮足立つ気持ちに比例させるように歩調も速くなる。

日が急速に傾くにつれ、頬を撫でる風は冷え冷えとしてきたが、そんな事は沖田にはまるで些細なことだった。








「…マジでか」


思わず零れた言葉は、少々掠れていた。

目の前には恋人の家の玄関扉。

常は施錠などされないそれは、今はしっかりと閉じている。

辺りはすっかり暗くなり、街灯も屋内の灯りもぽつぽつと点き始めた時間にも関わらず、万事屋の灯りは点いていない。

家人は留守だ、これは間違いなくそうであると判断できる。

…出来るが、まるで風船のように萎んでいく気持ちを止める事は出来なかった。

かくりと頭を項垂れる。

万年閑古鳥の万事屋にも依頼は入る事はある、というのは判ってはいたはずだが、

今まで自分が会いたいと思い、出向いた時にそういう状況に出くわさなかった為にその可能性を完全に失念していたのだ。


「ついてねェ」


はあ、と己の浮かれ具合にため息を吐くと、吐き出された空気が真っ白いもやとなってあたりに舞う。

すっかり萎んでしまった期待の代わりに、冬の夜の冷たさを思い知らせるかのような冷たい風が身に沁みる。

頭が冷えたと同時に寒さを実感するなんて、まるで彼が愛読している漫画雑誌のギャグのような展開だ、と思う。

思い立って屯所を出てきてしまった為、今の沖田はろくな防寒具を身に纏っていない。

出掛けに床に転がっていたマフラーを首に巻き付かせた程度で、その他はまるでいつもの隊服姿のままだ。

参ったなァと途方に暮れる。

今日を逃せば、明日からはまた雑事の山積みの毎日に逆戻りだ。

それが全て片付くまで、偶然に期待して会うのを我慢し続ける事は出来そうにない。

一度切れてしまった我慢の糸を結び直すことはなかなかに至難の業なのだ。

再び玄関扉を前にため息を漏らしかけたその時、背後から能天気な声がかかった。


「あれ、沖田くんじゃねーの」


その声に慌てて振り向けば、そこにはいつもの服装の上に十分な防寒着を纏った、いかにも暖かそうな恰好の恋人が立っていた。


「そんな所で突っ立って、なにしてんの?」


心底不思議そうなその物言いに少々腹は立つが、諦めかけた瞬間の遭遇という展開の嬉しさにそこは目をつむる。

今は、目の前のこの人を補給する事が自分にとって先決だ。


「アンタに会いたくて堪らなくて、会いに来やした」

「…ほんと、若いって怖いよね。なんの衒いもなく恥ずかしい事言えちゃうんだもの」


銀さんはオッサンだから、そんな恥ずかしい事は言えないわ。と眠たげな表情のまま銀時が言う。


「俺がオッサンになってもじーさんになっても、アンタに同じ事言うと思いやすがねェ」

「恥ずっ!ちょっと、沖田くんそういうこと真剣な顔で言うのやめて!鳥肌立っちゃったじゃん!」


ほら!と差し出された腕は確かに鳥肌が立っていて、思わず笑う。

その腕を掴むと、びくりと震える。


「っ!つ、冷た!沖田くん手ェめっちゃ冷た!」

「旦那が待ちぼうけさせるからですぜ」

「え、ずっと待ってたの?」


本当はそこまで長時間ではないはずだが、そんなことを素直に言う筈もない。

掴んだままの腕を引き寄せ、真正面から恋人に抱きつく。

顔を埋めた赤いマフラーからあまい、彼特有の香りがしてますます抱き締める腕に力を込めた。

ほかほかと体の内側から温まるような気がして、口元が自然と緩む。


「ええ、もうすっかり冷えちまって」

「おい、なんで言いながら銀さんにしがみついてんの?」

「旦那にあっためてもらおうと思いやして」

「ウチん中入りゃあ、もっと暖かいだろうが。つか、ココ外だからね!」


だから離せ!と腕の中でもがく人に向かって言う。


「入ったってどうせすぐには部屋はあったまらねーでしょう?ああ、でもそれまで旦那が俺をあっためてくれんなら離れてやっても良いですぜ」

「っ、」


夜の逢瀬の間の様な声で耳元に囁けば、寒さで赤らんでいた旦那の外耳が違う意味で紅く染まる。

そんな様子が嬉しくて、笑う。


「あー旦那あったけーなー湯たんぽみてーだ」

「って、湯たんぽ扱いかよ!」




相変わらず、吹く風は冷えたものだけれど。

そんなことは二人にとって、まるで些細な事なのだ。








木枯らし、のち、



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -