沖田は通学路である土手の傾斜に転がりながら、頭上から聞こえてくる生徒たちの朝の会話を聞き流していた。
燦々と降り注ぐ陽光、まさにサボり日和。
愛用のアイマスク越しでも判るそれにタヌキ寝入りのつもりが、本気で寝入ってしまいそうだ。
睡魔へのせめてもの抵抗として、土手に寝転がった体制のまま足を組みなおす。
ぽかぽかと、まるでベタな効果音がつけられるんじゃないかと思うほど心地よい天気だ。
普段の自分であればこれ幸いとこのまま寝付くところだが、今はそれが目的でないだけに心から歓迎できないところだった。
(あー…やべぇ…)
とろとろと、意識が溶けていくのが判る。
まるで地に吸い込まれていくかのようなその感覚に必死で抗いながらじっとその時を待つ。
ふと遠くから、待ち望む音が朝の挨拶にまぎれて微かに風に乗って届いてきた。
それは土ぼこりを巻き上げながら、時折生徒からかけられる挨拶に気の無い返事をしながら近付いてくる。
耳で感じ取るその存在に、腹の底から湧きあがるような奇妙な気持ちになりながらそっと視界を覆っていたアイマスクをずり上げる。
突然の明るさに眼を細め、数度の瞬きを繰り返す間にもさらにその距離は狭まってくる。
ここ数日、この朝の登校時間に決まって沖田はこの場所でこうやって彼を待つ。
とは言っても別に約束をしているわけじゃない、ただこうやって寝たフリを決め込みながら通り過ぎるのを待つだけだ。
(俺ァ、近藤さんのストーカー行為を笑えねーかもねェ)
くつりと嗤って、胸の中でカウントダウンを始める。
聞こえてくる音はもうすぐそこまで迫っている。
あと少し、あともうちょっと。
今だ、そう感じた瞬間にアイマスクは頭の上にずらしたまま、そっと眼を閉じる。
自分でも可笑しいと思うが、いつもこうして眼を閉じる。
閉じた眼の奥で、きらきらと陽に反射して光る髪を感じているような気分に浸る。
直で見たら眼が焼かれちまいそうだ、なんて、馬鹿なことを考えて始めた行動だが、
これが、最近の沖田の朝の習慣だ。
鼓膜を震わすエンジン音はその一定の速度を変えないまま、頭上を通り過ぎてゆく。
(いや、近藤さん以上の馬鹿かもしんねェ)
たったこれだけで満たされたような気分になる自分を笑いながら、それでもいいと思ってしまうのだから。
近くで乱暴に草を踏みしめる音に、意識が浮上する。
どうやらいつのまにか目的を果たして抗う必要のなくなった睡魔に身を委ねていたらしい。
元々こんなに気持ちの良い日和を無視するほど無粋ではない。
しばらくこのままでいようと決めるが、足音はどんどん近付いてくる。
まるで自分を目指しているようだな、と思っているとまさにその通りだったのか閉じた視界が更に暗く翳る。
(誰でィ、せっかく気持ち良くなったところだってのに)
「おい、起きろー」
近付いてきた相手に胸中で毒づいていると、まさかの人物の声にはっと眼を開ける。
「毎日毎日、通学路で堂々とサボってんじゃねーぞ、沖田。サボるんなら先生から見えねーとこでやりなさい」
開いた眼を焼いたのは先ほど目の当たりにした陽の光よりも眩しいひかり。
こちらを見下ろす銀八のその髪は太陽を背負ってきらきらと、想像していたよりもずっと強い光を放っていた。
「まぶしーですぜ、先生」
「あぁ?なにとんちんかんなこと言ってんだ」
意味がわからん、と眉をしかめるその顔を眺めながら、明日からはちゃんと眼を開いてこの人を見ていよう、そう強く思った。
(ああ、本気で眼が焼かれちまいそうだ)
<11.2.19>
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