狭い部屋にクーラーが唸る音と、紙にペンを走らせる音、そして俺の欠伸。
暇だ、暇すぎる。
彼の座る事務机に頬杖をついた体制のまま、もう一度欠伸をする。
俺がこの国語準備室に入ってから、かれこれ数十分。
挨拶程度にしか言葉を交わしていない。
「ひまだなあ」
「…」
「……」
かりかりかり。
ペン先が書類を引っ掻く音が響く。
ぽつりと零した俺の言葉にも、目の前のこの人はぴくりともしやしねェ。
普段からぐうたらなイメージが定着しているが、意外にも彼は何事にも集中すると止まらないタイプだったりする。
よって、この反応も予想済みの展開。
「予想出来てたとしてもいい気分じゃねェや」
「…」
かりかりかり。
不貞腐れて、不満をこぼしても無反応。
(この人、俺がいるってこと忘れてんじゃねーかな)
この人ならあり得るなァ、と苦々しく思いながら、書類に向き合い続けている彼の横顔をじっと見つめる。
伏し目がちの眼が書類の上を右に左に滑る度、微かに瞼とそれを縁取る睫毛が震え、
冷房の風で乾くのか、時折唇をあかい舌が舐める。
その無意識の仕草が、たまらなく色っぽくて、
(あー…ちゅーしてェ)
衝動に任せ、息も吐かせぬ様なキスをしたい。
息苦しさに潤むその眼に俺だけを映させて、ぐしゃぐしゃにしてやりたい。
「…なんか、不穏な空気を感じんだけど?」
むくむくと育ち始めた俺の邪念を敏感に感じ取ったのか、視線を書類から上げ、彼が呟く。
彼が俺に視線を向ける、たったそれだけの事がうれしくて。
「いやァ、ここで押し倒してぐちゃぐちゃにしてやりてェーなーと」
素直に吐露してみれば、やっぱり「寝言は寝て言え」とかわされたけど。
それでも今、アンタが俺を見て、俺の事を考えている事がうれしくて緩む頬が抑えられない。
「つめてーの」
「先生はお仕事中なの」
「じゃあ仕事が終わったら、付き合ってくれますかィ?」
「……そんなに元気が有り余ってるならそこらへん走ってこい、んで煩悩を取り払え」
「やですよ、俺ァアンタの側にいてーんです。それに、俺の煩悩が消えたら困るのは先生でしょうに」
「そーいうことさらっというな!エロガキ、締め出すぞコラ」
そう言って、再び書類に視線を戻されてしまったが。
薄らと染まっているその頬が、ここにいる俺の事を意識していると語っているから。
先ほどとは真反対の、この上もなく満足な気分で、再びクーラーが唸る音と紙にペンを走らせる音に耳を傾ける。
俺ってお手軽だなァ、と幸せなため息を吐きながら。
(さぁ、次にその手が止まったらどうやって俺に夢中にさせてやろう)
もっと、構ってください
<10.6.26>
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