「しっかり寝てて下さいよ。夏風邪はこじらすと厄介なんですから」

「…わぁーってるよ、俺だってしんどいんだから寝る以外やることねーっつの」

「そんなこと言って、暇持て余して起き上って来ないでくださいよ?」

「おめーはどこの母ちゃんだ、もしくは誰の奥さんだ。銀さんはお前を嫁に出した覚えももらった覚えもねーぞ」


掠れた声でそこまでぼそぼそと続け、息苦しさに顔をしかめる。

それを見下ろしていた新八はそれ見たことかと、ため息をついた。


「まったく…。とにかく大人しくしていてくださいよ」

「…おー」

「あ、銀さんなにか食べたいものありますか?おかゆはさっき神楽ちゃんが一人で食べちゃったし、なにか買ってきます」

「いらね」

「駄目です。なにか食べないと薬も飲めないんですから」

「だって薬にがいじゃん」

「なに子どもみたいなこと言ってんですか」


今度こそ呆れかえった表情で新八が苦笑いし、やれやれと立ち上がる。

普段は見上げることなどそうそうない相手をぼんやりと眺めながら、ああ、これはまた熱上がるかもな、と人ごとの様に考える。

うまく頭が回らず、ただただ視界がゆらゆらと揺らめく。

いつの間にか新八は部屋から居なくなっていた。


(静かだな)


この家が静かなのも久しぶりかもしれない。

あいつらがやって来てからはとてもにぎやかだったから。

ふわふわした思考で考え、やがて瞼を閉じる。

緩い風が吹いてリリン、と窓枠に下げた風鈴が鳴る。

それを聞きながらゆっくりと意識を手放した。








「う…」

「起きましたか?」


うっすらと眼を開けると、ふわりと微笑まれた。

その相手は新八でも神楽でも誰でもなく。


「せ、んせ…?」

「はい」


なんで、と口に出そうだったが寸でのところで飲み込んだ。

これは夢だと、そう自覚したからだ。

その証拠に視界に入る自分の身体は幼いころのもので、つい先ほど零れ出た自分の声も幼いころのものだった。

それでもばくばくと脈打つ心臓を感じていると、ひやりとした大きな先生の手が額に乗せられた。


「…大分熱は下がったようですね」

「ん…」


うっすらと記憶にある情景。

先生に引き取られるまで、病気という病気をしなかった自分は、この時生まれて初めて風邪というものを体験した。

高熱にうなされながらこのまま死んでしまうのでは、と思ったものだった。


「先ほどまで皆、見舞いに来ていたのですが…銀時、どうかしましたか?」

「せんせ、いのて…きもち」


熱で鈍る頭でへらり、と笑う。

最初はきょとんとしていた先生も、俺につられるように笑う。


「少し起き上れますか?少しなにか口にしなくては」

「い、らない、たべた、くない」

「いけませんよ?薬を飲めないではありませんか」

「くすり…」

「ええ、早く治して元気にならねばいけませんよ」

「なおる、の?」

「治りますとも。さ、少し起き上れますか?さきほど晋助が林檎を持ってきてくれたので、それを剥きましょう」


先生は枕元にあった林檎をひとつ手に取ってにこにこと笑い、俺はぼんやりとそれを見上げる。

しばらくして目の前に差し出された林檎は見たことの無い形をしていた。


「なに…これ?」

「これは兎ですよ」

「うさぎ?」

「ええ、赤い皮の形が兎の耳のようでしょう?あまり上手に剥けなかったので、少々無理はありますが」


左右不対照な林檎の皮を突きながら尋ねると、先生は相変わらずにこにこしながら答える。

その笑顔を見ながら頬張った林檎は、甘く、とてもおいしかった。








ぺらり、なにかを擦る軽い音に眼を覚ます。

規則正しく響くそれの元をたどると、枕元で胡坐をかいてジャンプを読む沖田がいた。


「ん、起きやしたかィ」

「お、きた」

「へィ」


パタンとジャンプを閉じて、沖田はこちらに向き直る。

辺りを見るとどうやら時刻は昼をとっくに過ぎ、夕方も終わりになる頃のようだ。


「メガネに聞きやした。夏風邪ひいたんですってねィ。見舞いに来やしたぜ」

「おー」


掠れる声で頷く。

それを聞いて沖田は少し眉をひそめると、ひでェ声、と笑った。


「見舞いに来たからには、差し入れあるんだろーな、例えば高級メロンとかメロンとかメロン」

「どんだけメロン食いたいんでィ」

「ばっか。見舞いと言ったらメロンだろーが」

「残念ながらそんな高価なモンにゃ手が届きませんで。そこの八百屋で安かった林檎で我慢して下せェ」

「てめー俺より所得多いくせになにケチケチしてんだ。ケチな男はもてねーぞ」

「あいにくそんなマイナス面があっても十分にモテるんでご心配無用でさァ」

「マジ死ね、すぐ死ね、ここで死ね」


これだから生まれながらのサラサラヘアーは信用がおけねーんだ。

心の底からの呪詛を吐きながら、睨みつける。

その視線を楽しげに受けながら、沖田は手元にあった紙袋からひとつ林檎を取り出して言う。


「まーまー。どうせアンタろくに食ってないんでしょう?今、ひとつ食いなせぇよ。剥いてやりやすから」

「…ね、うさぎ作ってよ」

「うさぎ?」


きょとん、と首を傾げた幼い仕草に笑う。

普段は斜に構えた行動が目立つ沖田もたまにこういった顔をする。

それを見るのが割と好きな俺は、にやりと笑って言葉を続ける。


「知らない?林檎の皮がうさぎの」

「や、知ってますが。…あんまり似合わない単語が飛び出してきたもんでビックリしやした」


そりゃあそうだ。

いい歳のオッサンからうさりんごを所望されたら俺だって驚くだろう。

でも、先ほどの夢の所為か、それが欲しいと思ったのだ。

しかし、だんだんと恥ずかしくなってきて、誤魔化すように視線を沖田から外して呟く。


「うっせ。良いよもうテメーでやるし」

「いやいや、折角のアンタのおねだりを無碍にはしやせんよ。うさぎですね?」

「…うん」


しゃりしゃりと器用に剥いてゆく手を眺める。

あっという間に出来上がったそれは、夢の中のそれより格段に綺麗に整っていて、かわいらしい。


「どうぞ」

「さんきゅー」


頬張ったうさぎは甘く、記憶のそれと違わずおいしかった。








風邪引きと、林檎

<2010.5.30>


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