その人は飄々として、それでいて頑固で、そして自分からみたらどうしようもないお人よしに見えた。

掴みどころのないその人はこちらから近づけば、寄るなとばかりに一歩引き、それでいてそれ以上離れていこうとはしない。

一向に全容が見えてこない。まるで流れる川の一角を眺めているようだ。

近くもなく、遠くもない。

それがもどかしいような、切ないような気持ちになる。

これはいわゆる憧憬というものなのだろうか。


無性にただ会いたいと想う時がある。

それでも会って、話をして、ふざけて、たまに一緒に悪巧みをすれば、それだけで満たされた。

この感情が憧憬だろうと違うものであろうと、そういう風でいい。

そう、思っていた。


* * *


昔からかぶき町を警邏という名目でぶらつくのは好きだ。

最近では、運が良ければ旦那に出会えるかもしれないというものまでくっついたものだから、

暇があればうろうろしている有様である。

夕闇の茜が町を艶やかに照らす時刻。

辺りを見渡せば、開店準備に忙しい店員たちで通りも賑やかになってきている。


「今日は会えなかったねィ」


一人ごちて、会えなかったことを少し残念に思いながらもぼんやりと人の波を眺める。

その中に見落とすはずの無い、色をみた気がしてハッとする。

目を凝らしてみると、やはりいた。

いつもにも増して気だるげな表情で、歩いている旦那だ。

しかし、問題はその恰好で。


「なんで、女装?」


思わず、漏らす。

ああ、意外と似合うかも。などと惚けてしまったが、

見れば道行く通行人や呼び込みに出てきたキャバ嬢も、視線を旦那に向けているのがわかった。

それがなんとなく面白くない。


「ちょいとそこ行く美人のおねーさん、俺と一杯どうですかィ」


声をかけると案の定、一瞬驚いた顔をしてすぐに嫌そうな顔になる。

聞けば生活費のためのバイト中らしいが、俺たちが話している間も周囲からの好奇の視線は旦那に注がれたまま。

どいつもこいつも見るんじゃねー。


「信じてますぜ。ただ、そんな恰好で他の男に媚売ってるアンタ想像したらムカムカしてきただけでィ」

「アンタ、さっきからどんだけ注目集めてるか自覚ありますか?」


立て続けにそう言うと、旦那は困ったように笑った。

そんな旦那をこれ以上、他に見せたくなくて俺は強く強く手を引いた。


会って、話をして、ふざけて、たまに一緒に悪巧みをすれば、それだけで満たされた。

そういう風でいい。

俺ァ、そう思っていたけど。


「やっぱアンタ馬鹿ですねェ」


馬鹿なのは俺の方だ。

こんな暗い色を湛えた気持ちがそんなもんで納まる筈が無かったんだ。

ようやく判った、俺ァこの人を独占してェ。


これはあこがれなんて優しいもんじゃなく、

まるで夜の闇の様に相手の全てを喰らいつくそうとする、あい。







この気持ちに色をつけるとしたら、藍


<2010.5.10>


銀時sideback


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