第30話

神凪ルナフレーナがアコルド政府によって匿われているという情報が帝国に入ると、軍部は急ピッチで水神討伐の準備を進めた。

帝国からの独立を望むアコルドは、神凪の身柄引き渡しの要求に応じる気配はなく水面下でノクティスとの会談を行っていた。
もちろんそれはアーデンの読み通りであり、ルナフレーナには水神を呼び起こしルシス王が神の力を得るために一役買ってもらわなければならない。
それまでは広場での演説を含め、ルナフレーナを自由に泳がせておく必要があった。

儀式が滞りなく行われたその時こそ、現神凪の役割は終わるのだ。






オルティシエで密かにルナフレーナを訪ねたレイヴスは、妹の衰弱ぶりに言葉が出なかった。
神との誓約を進めるほどに、そして人々の病を癒せばそれだけルナフレーナの身体は弱り今では立っている事すらやっとの状態だった。

先が長くない事を知りながら、それでもノクティスを真の王として目覚めさせるために命を懸ける妹を見ていると、王としての役割も、神から力を得る事がルナフレーナの寿命を縮めている事すら知らないノクティスにただ苛立ちを覚えた。
この男に真の王としての器などない。そう思えど、ルナフレーナの使命を全うする覚悟とノクティスを信じる心は一切ぶれなかった。
神凪としての役割を担えなかったレイヴスが出来る事は、レギス前国王が残した剣を守りそれを成長したノクティスに渡す事だ。

世界に光を取り戻すためとは言え、これまであまりに多くの犠牲を払ってきた。
さらにそこに身を投じる事になるルナフレーナとノクティスを、ただ見ている事しかできない自分にレイヴスは不甲斐なさを感じずにはいられない。

これから少し先に起こりうる出来事が頭をよぎり俯いたままでいると、宰相に声をかけられた。

「おーいレイヴス将軍?聞いてる?」
「……あ…ああ」
「…大丈夫?顔色すぐれないようだけど」
「問題はない」
「そ、ならいいんだけど…」

レイヴスが提出した水神討伐計画書に目を通したアーデンが軽くため息をつく。
目の前の将軍が心ここに非ずな状態の理由は分かっているが、この男にもまだ役に立ってもらわなくてはならない。
デスクに紙を置き、レイヴスの顔を見上げて言った。

「ところで今回の水神討伐、ヴィーデ准将はこっちで待機だと伝えておいてくれる?君の計画書には彼女の配置が書かれてるけど、ここ修正しておいて」
「……なぜだ?」
「なぜって、ヴィーデに水神と戦わせる気?神様を相手にする度、どれだけの被害がこっちに出てるかレイヴス将軍が一番よく知ってるでしょ?」
「あれはもう素人ではない。カリゴとロキがいない今、准将は現段階でアラネアとヴィーデしかいないんだぞ」
「ヴィーデが准将に上がったのは穴を埋めるため仕方なく…だろう?正直実力はそのポジションに見合ってないと思うんだけど」

ヴィーデは確かに強くなった。それこそテネブラエの小さな村でごく普通の女として生きていた頃とは比べ物にならないほどに。
しかしアーデンがヴィーデを伴ってスチリフの杜へ入った時に見た彼女の戦闘は、やはりまだまだ心もとないものだった。
レイヴスとペアを組んで戦うことに慣れてしまったヴィーデは常に誰かのサポートを必要とし、さらに言えばリベルタとセットになった時に最大限の力を発揮できるため、不測の事態が起こる可能性が非常に高い戦闘には参加させたくないと言うのが本心だった。

「…地位に見合った力を付けるには実戦が不可欠だ…」
「君だって、あの子が危険な目に合うことは避けたいでしょ?いつものシガイ討伐とはわけが違う。ヴィーデにつきっきりなんて無理だろうね」
「甘いな…」
「取り返しがつかなくなるような事態はごめんでね」
「…ヴィーデには一日も早く一人で生きて行ける強さを身に着けて貰わなくては困る…」
「……へえ、そんなこと考えてたの?彼女との結婚を望んでたんじゃなかったっけ」

確かにレイヴスはヴィーデを側に置き、妹とルシスの王から彼女を遠ざけると同時に全ての償いを一身に背負うつもりでいた。
しかしここ数か月帝国内の不穏な動きを見ていると、最優先すべきはルナフレーナが使命を全うしノクティスが真の王としての力を得る事だと思うようになった。
そしてヴィーデには帝国を離れ、いつしか光を取り戻した明るい世界の中で自由に生きて行ってほしいと強く願う。

「ヴィーデは自由になるべきだ…あの村や背負った使命、そして帝国からも…」
「それ本心?」
「ああ、そうだ」
「…完全な自由ってやつがどれだけ不便で厳しいものか、ずっと組織の中で生きてきた君には分からないのかもしれないね」
「…………」
「まあいいや、とにかくヴィーデの参戦は許可できない。水神討伐は軍だけの問題じゃなく、アコルド政府との関係もあるからね。オレの許可なしってわけにはいかないからさ、よろしく頼むよ」

ごくろうさん、と付け加えてアーデンが強制的に話を終わらせると、レイヴスは軽くため息をついて宰相室を後にした。
軽く右手をあげてその姿を見送り、引き出しを開けて煙草を取り出した。一本口にくわえたまま火を付けずにヴィーデの事を考える。

ルナフレーナが水神との誓約を行っている最中は完全に一人の状態になる。
人間に対し好意的ではないリヴァイアサンは恐らく、ノクティスに力を与えるにふさわしいかどうかを試すに違いない。
巨神タイタンの時と同様に、その力をぶつけ合い王と認められなければ神の力は得られないのだ。

そしてノクティスが神と戦うその間そこが、最後の神を目覚めさせ役割を終えたルナフレーナを葬る僅かなチャンスでもある。
いまだに光耀の指輪をノクティスに渡さずにいるため、息の根を止めてから指輪を奪うかそれとも―。

「いや、あの女は自分の手で渡すと言うだろうね…」

それならばさっさと渡してくれればよいものをとアーデンは思い続けていた。
あの指輪は、王としての資格のないものがその指にはめると身を滅ぼすことになると言う。やはり最後の六神の力を得るまではと考えての事なのかもしれないが。
神凪としての使命をしっかりと教育されて育っただけあって小賢しいものだが、あの頼りない若き王のサポーターとしては申し分ない所だ。

アーデンは、自分がルナフレーナを殺す瞬間をヴィーデに目撃されることは避けたいと考えていた。
ルシス王家とフルーレ家に復讐を誓って生きてきた割に、ヴィーデは他人に対する厳しさや冷酷さは微塵も持ち合わせていない。
これまで数回見た燃えるような激情は、憎しみからくるものと言うよりは一族に背負わされた過酷な運命に対する苛立ちからくるものだろうとアーデンは思っている。
あのベネーヌが星の病に感染したと知った時でさえ、ヴィーデは彼女に対し同情の念を抱いたのだ。

そんな甘さの塊のようなヴィーデに、人を殺める瞬間など見られたくはない。
ショックを受けた彼女がどんな視線を自分に向けてくるのか、そう考えただけでも耐えがたいものがある。

アーデンに残っているほんの僅かな人らしい感情の名残と、それに付随する何かを慈しむ気持ちは余すことなくヴィーデにのみ向けられていた。
彼女にとって少しでもマイナスになるようなものは確実に遠ざけ、この世界の醜いものからも全てシャットアウトしてやらなければならないと考えていた。

それはレイヴスのヴィーデに対する想いの様に、彼女の未来を含めた幸せを願う抱きとめるような愛情とは異なるもので、強い執着と自我欲からくる相手をからめ捕るほどの強引なものだった。
復讐の対象が同じであると言う事、そして二人の身体に流れる先祖を共通させる血が、長く続いた飢えを満たしてくれるのはヴィーデしかいないと言う盲信を生んだ。
彼女との出会いの全てに運命めいたものを感じ取ったアーデンは、自身の行動の大義名分をヴィーデと分け合っていると考えるようになった。

身勝手で保身的な人間によって、その人生の大切な時間を台無しにされたヴィーデがこの先見るものは美しいものだけでいいとアーデンは思う。

かつて光りの中で生きていたアーデンは、明るく照らされたものは等しく美しいと信じて疑わなかった。
けれどあの忌まわしい日を境に、光と言うものがとてつもなく不平等なものであることに気が付いた。
光りがあるからこそ影は生まれ、そしてそこでしか生きては行けぬ者が必ず現れる。
反して暗闇は等しく全てのものを覆い隠し、醜いこの世のあり方をその視界から遮断してくれるのだ。

目も眩むほどの灯りなど必要はない。
アーデンにとってヴィーデは、暗がりで瞬く小さな美しい光だった。









「…どういうことなのレイヴス?」
「言った通りだ」

将軍の執務室で、デスクの向こう側にいるレイヴスを軽く睨んだ。
つい一週間ほど前にオルティシエでの水神討伐について聞かされていたはずが、今日になって帝国で待機となったことにヴィーデは疑問を持った。

「だから、どうして私だけ急に待機なの?」
「………宰相の判断だ。ヴィーデを連れて行くのは危険だと」
「危険って…!そんな事軍人になったのだから当たり前でしょう?」
「オレもそう思ってはいるが…あの男の許可がなければ今回の計画書は通らない」

にべもなくそう言われ、ヴィーデは鼻からふんと息を吐いてソファに腰を下ろした。
力不足だと言いたいのだろうが、軍を率いるのがレイヴスとアラネアの二人だけでは心もとなさすぎる。
だいぶ力が付いてきたと自分で思うようになってきた矢先なだけに、アーデンの判断には納得がいかなかった。

「ちょっと文句言って来るわ!」

そう言って立ち上がり部屋を出ようとしたヴィーデをレイヴスが引き留めた。

「ヴィーデ、今夜時間はあるか?」
「…今夜…?今のところ何の予定もないけど」
「お前に話しておきたいことがある。八時にリベルタの所で」
「うん、分かった」

レイヴスの部屋を出ると、今度はそのままアーデンのいる宰相室へと小走りで向かう。
部屋をノックすると、どうぞーと間延びした調子で声が返ってきた。失礼しますと声をかけてからドアを開けると、アーデンは少しだけ驚いたような顔をして見せた。

「おお…珍しいねヴィーデ、君が一人でこの部屋に来るなんて」
「ねえアーデ…宰相、ちょっとお話があります」
「ん?なに怖い顔しちゃって」

デスクに山積みになった書類の間から顔を覗かせてそう言った。

「どうして私だけ待機なのですか?」
「ん?なんのこと?」
「………………」
「…ああごめん、オルティシエの件ね。そんな怖い顔しないで…」

鬼の形相でアーデンを睨みつけると、両手を顔の高さまで上げて降参のポーズをとって見せる。
とりあえず座れと言われ、不貞腐れた表情のままソファに身体を沈めた。
少しすると、アーデンがコーヒーをヴィーデの前に置き向かいに腰を下ろす。帝国広しと言えど、宰相にコーヒーを入れさせることが出来るのはヴィーデくらいのものである。

「はいはい、で?君だけお留守番ってのが気に食わないって事?」
「当たり前でしょ。人手が足りないと思わない?」
「…うーん…まぁここだけの話、王様が無事に水神の力を得るまでは討伐されちゃあ困るんだよねぇ」

小声でそう言った。ノクティスが神との契約を済ませた後であれば六神がどうなろうと構いはしないが、それまでは倒されては困るのだろう。

「…でも、私だって准将なのだから一度くらいは見ておきたいわ」
「あのね、水神は六神の中でも特に荒々しい神様なの。オルティシエの街そのものが破壊されかねないんだよ。そんな場所に行くこと自体が危険なんだから」
「アーデンもレイヴスもアラネアさんも行くんでしょう?」
「もちろん行くよ」
「だったら…」
「キャリアが違うんだよ、全然ね。オレからしたらヴィーデはそこら辺の初心者ハンターと変わりない」
「……………」

きっぱりとそう言われ、ヴィーデは思わず口をつぐんだ。

「いや別にヴィーデの努力が足りないとかそういう事を言ってるんじゃないんだよ?時間が必要だってこと。レイヴス将軍から直々にトレーニングを受けて、短期間でそこまで戦えるようになったってのは十分凄い事だと思うけど…彼やアラネアは十数年以上戦いの中に身を置いてるんだ。分かるだろ?」
「…じゃあ…今からでももっと頑張れば…」
「ねえヴィーデ、どうしてそんなに強くなりたいの?」
「…え?」
「強くなって、一人で生きていくつもりなの?」
「……一人で…」

帝国から離れろと言うレイヴスの言葉が頭をよぎった。それはアーデンやレイヴスとの決別も意味しているのだと今さらながら思う。

「いつだったか、オレとした約束覚えてる?全部終わったら一緒に暮らそうよって、君に言ったよね」
「…うん」
「どんどん強くなって、そのうちオレの事なんて必要なくなったらいなくなっちゃうんじゃないの?」
「それは…違うよ。私がアーデンの側にいるのはアーデンが強いからじゃないわ」
「…だったら、危険な思いまでして今すぐに強くなる必要はないだろう?」

恐らくヴィーデは、今回の水神との戦いをこれまで経験した野獣やシガイ討伐の延長の様に考えているのだろう。
その場にいるだけですら命に係わるということが想像できていない。安全が保障できないのであれば、今回ばかりはヴィーデの我が儘を聞いてやることはできないのだ。

「ここに来てからたくさん頑張ったわ!どうして私だけ…」
「ヴィーデ、聞き分けのない子は嫌いだよ…」
「……!」

ぴしゃりとそう言われ、ヴィーデは俯いてしまった。アーデンに嫌いだと言われたのはこれが初めての事だった。
小さな声で分かったと呟き、アーデンに背を向けてドアノブに手をかけた。

「ヴィーデ、今日の夜あいてる?」
「今日は…約束があるの」
「……誰」
「…………」
「レイヴス将軍?」

アーデンの言葉に、ヴィーデは無言で頷いた。短いため息をつき、どこに行くのかと尋ねる。

「話があるって言ってたから…それしか聞いてない」
「…そう…」

10秒ほど沈黙が続き、ヴィーデがじゃあねと声をかけて部屋を出ようとした時アーデンが席を立った。
ゆっくりと目の前まで来ると、笑みの消えた顔でヴィーデを見下ろす。

「意地悪で言ってるんじゃないよ」
「…え?」
「本当に危ないから、来てほしくないんだ。分かって」
「……大丈夫、それは分かったから」

アーデンの胸元のスカーフに視線を向けながら言うと、両腕をヴィーデの背中に回して抱き寄せた。
その頭のてっぺんに顎を乗せて、右腕を背後のドアに伸ばして静かに鍵をかける。

「…待ってていい?」
「待ってるって?」
「ヴィーデが戻ってくるまで、君の部屋で」
「…でも…何時になるか分からないのに…」
「何時でもいいよ、待ってる」
「アーデン」

さすがにそこまでさせられないとヴィーデが言うと、抱きしめる腕に力を込めて互いの胸と腹を密着させた。

「さっきの取り消すよ」
「………?」
「聞き分けのないヴィーデも好きだよ」
「……そんなこと言わせたら、なんだか私がすっごく我が儘な女みたいじゃない…」
「我が儘でしょ?でもいいよ、そんな事今さらだからね。だからさ、オレの我が儘も一つ聞いてよ」

そう言われ、ヴィーデが顔を上げて僅かに首を右に傾けた。

「アーデンの我が儘って?」
「キスしてよ」
「……ここ仕事部屋でしょ…」
「だから、オレの我が儘聞いてって言ったじゃない」
「でも…!人が来るから!!」
「鍵閉めたから大丈夫」

早く、と言って背中を少しだけ丸めて顔をヴィーデに近づける。もう、と小さく呟いてから踵を上げて背伸びをしたけれど、背丈の大きなアーデンの顔には届かなかった。

「届かないよ…」
「ちっちゃいね」
「うるさ…んー…」

さらに腰を屈めたアーデンがようやくヴィーデの唇を塞ぐ。長く深く口づけて、一度離れてからヴィーデの首元を見ると、動脈の近くに小さなほくろを見つけた。
こんな所にあっただろうかとしばらく眺めてから、おもむろにそこへ歯を立てた。

「…っ…アーデン…!」

少しの痛みと痕が残るのではないかと言う不安からアーデンの胸を押し返す。

「…ダメだってばそれは…!」
「夜、レイヴスと会うんだろう?オレの匂い、ちゃんと付けてから行って」
「それ…焼きもち?」
「オレは、ヴィーデを絶対に手放さないよ。何度レイヴスと寝ても、そんな君にどれだけ呆れても、例え嫌われても…最後に側に居るのはオレだけだ」
「………アーデン…」

アーデンはもう一度ヴィーデを強く抱きしめて、その身体の形を確認するように両手で全身をくまなく撫でた。
細められたその瞼にキスをして腕を離し解放する。

待ってるから、ともう一度言い、執務室の鍵を開ける。
ヴィーデが去った後、ソファーテーブルのコーヒーカップに視線を向けた。半分ほど残った中身を飲み干し、ソファーに腰を下ろす。

結局は惚れた方が負けなのだとアーデンは思う。
ヴィーデの我が儘を出来るだけ叶えてやりたいと思うのも、自分以外の男との間で揺らぐ事を見逃すのも、全てはアーデンの心が完全に彼女のものになっているからに他ならない。

「オレも…まだまだ若いじゃないの…」

今夜は特別に長い夜になりそうだと覚悟を決めて、アーデンは再び仕事に取り掛かった。









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