第23話

ベッドサイドランプが灯すオレンジ色の明かりの下で横になり、ヴィーデは近頃すっかりお気に入りとなった神話の絵本を読んでいた。
内容を暗記するまで何度も繰り返し目を通し六神について学んだ。

「ねえ、アーデンはこの六人の神様を見たことあるの?」

ベッドの上でヴィーデの隣に仰向けで寝ころび天井を眺めるアーデンに声をかける。身体を横にし右手で頬杖をついて、いくつか見たことあるよと言った。

「巨神タイタンはこの前カーテスの大皿で見たね。それから氷神シヴァは11年くらい前にグロブス渓谷で討伐した。ラムウとリヴァイアサンもそのうち出てくるだろうね、神凪が起こして回ってるから」
「イフリートは?裏切り者って書いてある…」
「イフリートは……そうだね、意外と近くにいるかもしれないな」
「ふうん…」

ヴィーデはサイドテーブルからワイングラスを手に取り一口含み、再び寝ころんでぺらぺらと絵本をめくる。

「随分とそれ、読み込んでるみたいだね。神様好きなの?」
「…うーん、好きじゃないわ。というか、嫌いよ」
「どうして?」
「だって、神様って言ったって何もしてくれないじゃない。私を助けてくれるわけでもないし」
「ああ…まあそうだよね。性格も色々いるしな」

うつ伏せになって絵本に見入るヴィーデの長い髪を耳にかけ、横からその真剣な眼差しを眺める。本ばかり見ていないで、少しはこちらに視線を向けてはくれまいかとアーデンは思う。

「ねえ、ここの創星記原本十五章序の二より抜粋っていうところ…」
「うん?」
「『いずれくる災厄』…って、何の事だろうね」

そう言われ、ヴィーデの顔のすぐ横から同じように絵本を覗き込む。

「…オレの事…だったりして」
「アーデンのこと?」
「星の病から世界を守ろうとしている真の王を、オレは倒そうとしているわけだからね。普通に考えれば、オレは災いそのものだ」
「……………」

アーデンの表情に、自嘲めいたものは感じられない。ヴィーデは仰向けになり、こちらを見下ろすアーデンの赤い髪を優しく撫でて言った。

「…アーデンがずっと昔に助けた人たちの子孫って、今どれくらい世界にいるんだろうね…」
「………………」
「それって、凄い事よ。みんな人を見る目ないわ…でも、怒らないで聞いてね。私はそのおかげで、あなたに出会って自由を手に入れたの。アーデンにとって、シガイになったことも王位から外されたことも災難だったけど……少なくとも私にとって、アーデンは救いなのよ」
「…ああ、そうだね…」

クリスタルに拒まれ、一族に追いやられ、この星そのものからも災厄だと見なされた自分にとって、ヴィーデだけが拠り所であればそれでいいとアーデンは思った。
白いナイトワンピースに身を包んだ華奢な身体に腕を回し、そのままごろりと仰向けになって腹の上にヴィーデを乗せる。
小さな頭を自分の肩口に抱き寄せて、左手でその背中をゆっくりと撫でる。

「オレに優しいのはヴィーデだけでいいよ。真の王を倒せたら、もう君以外は何もいらない」
「…私の一族も大概皮肉なものよね…」
「皮肉って?」
「だって、ルシス王家に復讐するって誓った一族なのに、持って生まれた能力がルシスの血筋を持つものに力を与えるって…こんな矛盾と皮肉はないわ」

顔を上げたヴィーデは少しだけ不貞腐れたような表情でそう言った。長い髪がアーデンの頬にかかり、少しだけくすぐったく感じる。

「だからさ、前も言ったけど…奇跡だなって。王家への復讐を目論むかつてのルシスの王族と同じ目的を持つ君が、ルシスの血を引く者へ多大な魔力を与える力を持っている…なんて。ヴィーデはオレのために生まれてきたようなものだ」
「……アーデンのために…」
「なーんてね、ちょっと図々しいかな」

そう言ってヴィーデの顔を両手で包み込む。頬の柔らかさを味わうように親指で撫で、猫の様に目を細めるヴィーデに軽くキスをした。

「そうね、そうかもしれない…それに、私がルシス王家に復讐をって言ったって、たくさんの護衛に守られてる国王に近づく事さえきっと出来ないよ。でもアーデンなら…そういえばアーデンって強いの…?戦いはたしなむ程度って以前言ってたけど」
「んー…たしなむ程度…ではないかもしれない」

アーデンがそう言うと、やっぱり、と興奮したようにヴィーデが身体を起こした。

「この前、私がレイヴスに飛びかかって行ったとき…アーデンったら軽々と私とレイヴス両方の剣を止めてたわ!どうして言ってくれなかったの!?」
「言えば君はオレに戦い方を教えてくれって言うだろう?」
「そりゃあそうよ。アーデンに教えてもらった方が気が楽だもの」

唇を尖らせて言うヴィーデの鼻を軽くつまんで、それじゃあダメだろとアーデンは笑いながら返した。

「『気が楽』で強くなれる?彼はいい意味で自分にも他人にも厳しい。腕を磨きたいと本当に思うなら、レイヴス将軍に師事した方が君のためだよ。そりゃあオレだって、彼とヴィーデが二人きりで訓練してるなんて心配がないわけじゃないよ」
「…だったら…」
「オレはヴィーデに厳しくは出来ない。かすり傷ひとつ付けて欲しくないと思ってるし、そもそも軍人として強くなることも望んでないからね」
「…そうなの?」

意外そうな顔するヴィーデの両肩を掴んでもう一度自分の胸元に引き寄せる。

「今でもハラハラしてるんだけどねオレは…強さを得ればそれだけ身の丈に合った場に駆り出されるんだよ、分かってるのかな黒チョコボの騎士さん」
「……私の身体がもっと大きくて逞しければ良かった…こんな腕じゃ大したことできやしないもの」
「だからオレがいるんだろう?オレのためにヴィーデがいて、ヴィーデのためにオレがいるってこと」
「利害の一致ってやつね」

したり顔でそう言うヴィーデに、せめて支え合っていると言ってほしいとアーデンは思った。
そしてふと、ヴィーデの顔をじっと見つめて、そろそろいい頃合いかと呟いた。

「どうしたの?」
「ねぇヴィーデ…もう少し後にしようかと思ってたんだけど」
「うん」
「ルシスの王に…ノクティス王子に会ってみる?」
「え……」

ヴィーデの心臓がどくんと跳ねた。

「でもくれぐれも、見るだけだ。手出しは一切ダメ。彼はまだ王になりきれてない未成熟な王。真の王になるために、超えてもらわなければならない山がいくつもある。オレはそれを…不本意だけど手助けする形で導いている。待つしかないんだ、成長をね」
「……成長する前に…って考えないの?」
「前も言ったかもしれないけどね、それじゃあ意味がないんだよ。オレが倒したいのは、真の王。それでようやく、オレの願いが叶うんだ」
「ルシスの王を前にして、私は冷静でいられるかしら……」

ヴィーデがルシス王家に対して持つ怒りは、正体の曖昧な亡霊のごとき漠然とした怒り。一族の怨恨よりもむしろ、理不尽な生き方を強いられたことに対する半ば八つ当たりのようなものなのだった。

「どう?約束できるかな。できるのなら、連れて行ってあげる」
「…連れて行くって…今ルシスの王がどこにいるか知ってるの?」
「ああ…彼らは必ず近いうちアラケオル基地に現れる、忘れ物を取りにね。明日から基地で待とうと思ってるから、今オレが言った約束をヴィーデが守れるのなら連れて行くよ」
「………守れる…守れるわ…」

ヴィーデヴィーデの強く速い鼓動が、アーデンの胸に伝わる。身体を起こし胸の前で祈る様に両手を握り合わせ、ああどうしようとヴィーデが呟いた。
会わせるのはまだ早いかと思った時、ヴィーデがすがる様にアデンの両腕を掴んだ。

「大丈夫…ちゃんと我慢するから。でも…でももしも私が我を失いそうになったら、殴ってでも止めて」
「…ヴィーデ、もう少し後でも」
「お願い!大丈夫、大丈夫よ!」

そう言って、胡坐をかいて座るアーデンの首に両腕を巻きつけて懇願する。こんな風にお願いされたらその腕を無碍に振り払うことなどできるはずもない。

「わかったよヴィーデ、連れて行く。レイヴス将軍も行くみたいだから皆で行こう。でも約束ね、いい子にしてること」

アーデンが右手の小指を差し出した。そこに自分の小指を巻きつけて、約束するとヴィーデが言う。

「オーケー、じゃあ明日少し早めに出るから。今日はもう寝よう」
「……興奮して眠れそうにないわ…アーデン朝までここにいてよ」
「………そうしたいのは山々だけど」

小さく呟くアーデンに、ならいいじゃないかとヴィーデが言う。はあと深く息を吐いて、柔らかな頬をつまんで横に引っ張ってやった。

「誰のせいでそう言うことが出来なくなったと思ってるの!?君の軽はずみな行動を写真にとられて新聞に載っちゃったのは誰のせい?この宮殿内含めて帝国中がお祝いムードだよ」
「………ご、ごめんなひゃい…」

これまでも十分に忍んでヴィーデの部屋へ来ていたというのに、あれ以来さらに周囲の目を気にしなくてはならなくなった。さすがに朝アーデンがこの部屋から出る姿を見られるのはまずかろうと自重する。
引っ張られていた頬を撫でるヴィーデを抱きしめて、おやすみのキスをした。

「じゃあ明日の朝、迎えに来るからね。ちゃんと準備しておいて」
「…うん、分かったわ。おやすみアーデン」

一人になった部屋で、グラスに残っていたワインを飲み干す。歯を磨き、再びベッドに寝転ぶも一向に眠気は訪れない。ごろごろと寝返りを打ち、まだ見ぬルシスの王を頭の中で想像する。
顔を見たら、何を思うのだろう。怒り、憎しみ、悲しみ。いずれにしてもネガティブな感情であることに違いはない。

「ああダメ…ちゃんと寝なくちゃ…」

そう呟いて、ヴィーデは無理やりに目を閉じた。





翌日早朝、アーデンはまともな睡眠が取れなかったヴィーデを迎えに部屋へやってきた。魔導兵保管倉庫にいるリベルタを連れ、裏に停めてある揚陸艇へと乗り込む。
そこにはすでにレイヴスの姿もあり、なんとなく気まずく感じたヴィーデはリベルタでルシス王国のアラケオル基地まで行こうかと思った。

「ねえアーデン…宰相、私この子と一緒に飛んで行っちゃダメですか…?」
「んー…ヴィーデさ、ロクに寝てないだろう?酷い顔だよ…その状態で遠い距離を飛ぶのは危険だ、揚陸艇で行った方がいい」
「でも…」
「ヴィーデだけじゃなくて、リベルタも危険ってこと。分かる?」
「あ………うん…」

アーデンとレイヴス、双方から距離を取る様に揚陸艇内の端の方へリベルタと共に移動する。少しだけ視線を上げて二人の様子を盗み見ると、別段気にする様子もない。
そこに、アーデンが地図を持ってヴィーデの元へやってきた。

「アラケオル基地、まだ行ったことないよね?」
「ええ、どのあたり?」

ここ、とアーデンが指さしたのはレスタルムの近くにある帝国軍基地だ。

「このあたり、なんだか地面がへこんでるのね。穴が開いてるみたい」
「ああ、ずーっと昔に巨大隕石が落ちてきた跡だね。クレーターになってるだろ?んで、巨神タイタンがいたのがここ、オレが前話したカーテスの大皿だ」
「ふうん…あ、ねえこのマークなに?こっちの、ラバティオ火山のまわりにあるこれ」
「ん?ああ、これは…」

半円に、三本の波線が書かれたマークだった。これは温泉だよとアーデンが言う。

「温泉…そっか…火山だから近くに温泉がわき出てるのね…!」
「確か、色々効用がある温泉だったと思うよ。肩こり腰痛冷え性に、擦り傷切り傷から美肌効果まで」
「…美肌……」

そう呟いて、ヴィーデは自分の頬を触る。真面目に手入れをしていない自分の頬の手触りは心なしかかさかさとしているようだ。
そんなにヴィーデに顔を近づけて、ごく小さな声でアーデンが言う。

「入りに行く?忘れ物返したら…」
「え?いいの…って…アーデンも一緒に?」
「もちろん」

にっこりと笑顔を見せる。ヴィーデは一度、アーデンに全裸を見られているので再び彼に裸体を晒すことにさほど抵抗はないのだが、逆となれば話はまた別なのだった。

「…で…でも…ちょっと恥ずかしいんだけど…」
「何で?一度オレにじっくり見られてるだろ?」
「……じっくり見たんだ……」
「そりゃあ見るよ」

そこに裸の女がいれば見る、とアーデンは言った。

「でもそうじゃなくて…私が、その…アーデンの…」
「ああ、オレの裸見るのが恥ずかしいって?………可愛いねヴィーデ、言ってくれたらいつでも脱ぐのに」
「ばっ…バカなこと言わないで…!!」

思わず大きな声を出してしまった。口元を押さえ横目でレイヴスの方を見ると、同じようにこちらに視線を向けていた。慌てて目を逸らす。
そんなヴィーデを見て噴き出すアーデンをぎろりと睨みつけた。

「もう…宰相…!」
「少しは緊張ほぐれたか?」
「え?」
「今日明日王子一行が基地に到着するとは限らないよ。それまでずーっと肩に力入ってたらもたないからね、リラックスして」
「……うん…」

アーデンはヴィーデの細かい部分にまで気を配る。気づかない所でいつも守られているのだと実感し嬉しく感じた。



基地に到着し、ひとまず兵士の滞在する部屋へと向かう。リベルタを外に繋ぎ、簡素なベッドに腰を下ろした。

「忘れ物…ってなんだろう?そういえば、アーデンがカーテスの大皿まで案内したのってきっと王子たちの事なんだろうな」

王子が真の王になるために手助けをしているとアーデンは言っていた。自分の敵を自分の手で育てているのだから、やはり男と言うものはイマイチ理解に苦しむ。
今日か明日か、それともまだ先か。どうせなら早くに来てくれたらとヴィーデは思う。待ちに待った…それこそ何百年も待ち続けたルシスの王がすぐそこまで来ているのだ。
何をしていても手につきそうにない。





それから三日も過ぎた日の深夜、ヴィーデの部屋に備え付けられている通信機が大きな音を立てた。
寝入っていたヴィーデは勢いよく身体を起こし、慌てて応答スイッチを押す。

「は…はい…!?」
『ヴィーデ寝てた?』
「アーデン…どうしたのこんな夜中に」
『来たよ、お待ちかねの王子様』
「!!」
『魔導エネルギー装置のある場所から少し北の位置に彼らの忘れ物がある。そこのすぐ側にある鉄塔のてっぺんでリベルタと一緒に待機。いいね?上から見てるだけ』
「……分かったわ……」

それまでの眠気が吹き飛んだ。ゴーグルを首にかけソードベルトを巻く。大丈夫、落ち着いて、ヴィーデは自分にそう言い聞かせた。
頭に血が上って我を忘れたりしたらアーデンに迷惑をかけるだけだ。深呼吸をして、外でうずくまり眠っていたリベルタを優しく起こす。

「寝てる所ごめんねリベルタ、行こう」

そう声をかけると、ゆっくりと身体を起こし一度大きく羽を伸ばした。念のために目元と口ばしを防護するマスクを装着し、自身もゴーグルを着ける。
リベルタに飛び乗りハーネスを握るもその手が少しだけ震えている。恐怖ではなく、自分が興奮しているのだとヴィーデは分かっていた。
同じ敷地内に、すでにルシスの王がいるのだ。そう思うだけで否応なしに鼓動が早まる。

「魔導エネルギー装置…向こうね」

リベルタを静かに空へと導く。ゆっくりと基地上空を飛び、アーデンに指定された場所へと向かった。
見えてきた鉄塔の一番上にリベルタと共に待機し眼下を見下ろすと、見覚えのある車が目に入った。

「ちょっと待って……あれ…ノクト達が乗ってたレガリアに似てる…どうして…」

よくある車なのだろうかとヴィーデは考えたが、ボディカラーやホイールの色まで一致している。
それまでの緊張が、一瞬で嫌な予感へと変わった。

そしてその予感は直後に現実のものとしてヴィーデの目の前に現れた。

「…え…ウソでしょう…?なんで……」

ルシスの王の忘れ物、それこそレガリアであり、そしてその持ち主は。

「……ノクト…!!」

レガリアに近づいてくるノクトと、その後ろからは見知ったあのメンバーが歩いてくる。身体の大きなグラディオ、料理の得意なイグニス、写真が趣味のプロンプト。
そして、釣りが大好きなノクト。

「…ノクトが…ノクティス…王子…」

人生で初めてできた友達が、一族の敵であるルシスの王だったなんて。
心臓の鼓動の速さに、吐き気すら催した。全身から汗が吹き出し、酷いめまいにいまにも卒倒してしまいそうだった。

そのうち彼らの前にレイヴスが現れ、細い剣の切っ先がノクトの首に突き付けられた。それを守ろうと前に出たグラディオに容赦なく剣が振り下ろされ、あろうことかその巨体をレガリアまで吹き飛ばした。

「…グラディオ…!」

仲間をやられ怒りの色をあらわにしたノクトが、全身に光るいくつもの剣を纏わせた。このままレイヴスとの一騎打ちが始まるのか。
しかしその時。

「はい、そこまでにしとこう」

アーデンが現れた。ヴィーデの方へわずかに視線を向け、そしてルシスの王と話を始めた。そのうちアーデンが右手を掲げると、レイヴスがその場から離れていく。
怒りと悲しみと彼らへの愛情がごちゃ混ぜになって、例えようのない感情がヴィーデを襲った。

「…ノクト…どうして…どうしてあなたなの…!」

アーデンが立ち去ろうとしたとき、上空から風を切る音が響いた。
突然目の前に降ってきた黒チョコボに驚いたノクト達は声を上げて数歩後ろへ下がった。

「うわ…!今度はなんだよ…!」
「チョコボだ!…黒いチョコボ…」

間近で見ても、やはりそれはノクトだった。他人の空似であってほしいと願ったけれど、ヴィーデの友人であるノクトは、ルシスの若き王、ノクティス王子だった。
何を言えばいいのだろう。上から見てるだけというアーデンの言いつけを破り彼らの目の前まで来てしまったというのに、ヴィーデは今すぐにでも泣きたい気持ちをこらえて口を真一文字に結ぶことしかできない。
するとプロンプトが、リベルタを見て首をかしげた。

「…あれ…?リベルタ…じゃないの…?」
「はあ?何言ってんだプロンプト!こんな所にいるわけねえだろう…!だいたいそうしたら…そいつは…」
「だって、見間違えるわけないよ…その脚!シドさんが作った義足に間違いないって!」

プロンプトがそう叫ぶと、全員がリベルタの脚に視線を向ける。それからその背に乗るヴィーデに視線を移した。目元が大きなゴーグルで覆われ帝国の軍服に身を包んでいても、その姿はノクト達にとって見知った人物と相違なかった。

「……ヴィーデ…か?」
「……!!」

ノクトの真っ直ぐな眼差しに耐え切れず、思わず目を逸らす。彼らもまた、ヴィーデが帝国の軍人であるということを知らないのだ。
その時、ヴィーデの背後からアーデンが言った。

「あれ?君たち…もしかして知り合いなの?」
「……………」
「ねえヴィーデ、そうなの?」

アーデンの言葉に、ノクトら四人は驚愕した。黒チョコボを自在に扱う人間など、そうそう見られるものではない。

「あー…ひょっとして、ヴィーデがルシスで一緒に釣りしたりキャンプした四人組って、彼らの事?」
「……そうよ…でも…まさかノクトが、ノクティス王子だなんて…知らなかった…」

絞り出すような声でそう言った。なんという巡り合わせだろうかと、アーデンは頭を軽く振った。

「…そっか…いやこれは驚いたねえ。まぁでもそういう事なら、ちゃんとオレからも礼を言わないとね。うちのヴィーデとリベルタが世話になったみたいだ…その節はどうも」
「おいヴィーデ…!お前…どうしてこんな奴と一緒にいるんだよ!」
「この子は帝国の軍人だよ。うちの大事なエースでね」
「嘘をつくな!ヴィーデが軍人なんかになれるわけねぇだろ!だってこいつは普通の…ごく普通の…」
「ああもちろん。ごく普通の、可愛い女だろ?ヴィーデと過ごしたのなら、誰だってそう思うよねぇ。いいなーって思っちゃった?」

あげないけどね。
アーデンがそう言うと、ノクトは右手に剣を出しアーデンに向かって一歩前に出た。
しかしその瞬間、リベルタの背に乗ったヴィーデが剣を抜きノクトの前に立ちふさがる。

「…ヴィーデ!!」
「ノクト…いいえ、ノクティス王子…それ以上この人に近づかないで…」
「何でだよ!こいつに、脅されたり騙されたりしてるんじゃ…」
「私は自分の意志でアーデンの側にいるのよ…ルシス王家に復讐するために」
「王家に復讐って………お前が…?なんで……」

混乱するノクトの肩を叩き、イグニスが口を開いた。

「どんな事情があるか知らないが…ノクトは大きな使命のために旅を続けている。オレたちは全員でノクトをサポートして…」
「大きな使命!?それが何だっていうの!誰だって何かしら使命を持って生きてるわ!!そうやって自分が背負ったものの大きさを比べて誰が救われるのよ!?」
「……ヴィーデ…ノクトは、真の王としてこの世界を救うために」
「……そうやって、ノクトが命に代えても世界を救おうって思えるほど優しいのは…いつもたくさんの人に囲まれて、守られて、愛されて生きてこられたからよ!!」
「……………」
「誰からも愛されずに…守ってくれる手もなく…ただ沼の底でもがくような生き方が死ぬよりも辛いことをあなたは知らないの!!」

会うたびに優しい笑顔を見せてくれたヴィーデの、初めて見る悲痛な顔に四人は言葉を失くした。

「だいたい、そんな大きな使命があるのにあなたたちは釣りにキャンプに…毎日何をしているの?真の王が聞いて呆れるわ」
「ヴィーデ…それはね、限られた時間の中で…少しでもノクトに普通に生きてほしいから…オレがたくさん写真撮って、思い出を残したいから…」
「…!!」

ルシスの王は、国を守るために多大な魔力を使いただでさえ寿命が短いと聞いた。
二十歳そこそこの青年に、星を守るために死ぬという運命を受け入れることがどれ程の事か。共に過ごした短い時間の中で、屈託なく笑うノクトを思い出しヴィーデの胸はズキズキと痛んだ。

「ねえヴィーデ…一体何があって…」
「………」

いたたまれなくなって、ヴィーデはその場から走り去った。待ってくれと言うイグニスの声は届かず、四人は空を飛んでいくリベルタを見送る他なかった。
アーデンは短くため息をつき、頭を掻きながら言った。

「いや、なんか悪かったね。あの子も、ルシス王家に人生を狂わされた人間の、一人なんだ…」
「…も…って…何言ってんだてめぇは…」
「でもさ、ヴィーデのさっき言ってたこと…誰か反論できる人いる?」
「……………」
「…いないよね。彼女の言ってることは正論。それから…そこの王様」

アーデンはノクトを指さした。

「光に照らされたものが全て美しいとは限らないんだよ…これは、覚えておいた方がいい」

そう言ってその場を去って行った。
残された四人はヴィーデの飛び去った空をもう一度見上げ、次に会う時は敵として対峙しなければならないことを覚悟した。





ラバティオ火山の登山道から外れた麓に、自然が作り上げた極小さな温泉があった。地図上にその場は示されているけれど、とても人の立ち入る様な所ではない。
そこに、一人の女と一頭のチョコボの姿があった。

「この温泉…傷に効くって書いてあったけど……」

心の傷にも効くのかな、と小さな声で湯に浸かったヴィーデが言う。
立ち上がり、満天の星空を見上げた。非の打ちどころのないほど美しい夜空は、ノクトの髪の色と似ている。

彼らの前では堪えた涙が、今頃とめどなく溢れてきた。
自分は何か悪いことをしたのだろうか。あまりにも酷い運命の仕打ちに、ヴィーデは声を上げて泣きじゃくりたかった。
彼らと交わした言葉一つ一つ、人懐こい笑顔、一緒に食べた料理の味、どれもが鮮明に思い出される。

抑えた嗚咽が溜息とともにヴィーデの口から洩れた時、小さく水の弾ける音が聞こえた。

「美しい星空にいい女…絶景だな…」

いつの間にか、アーデンが温泉に入っていた。ヴィーデはほんの少しだけ後ろを振り返り、

「…やっぱり神様なんて嫌いよ…ずーっと欲しくてやっと手に入ったもの、取り上げるんだもん…」

と涙交じりの声で言った。
その直後ヴィーデの身体は湯の中に引きずり込まれ、アーデンに唇を塞がれた。
背後から抱きしめられる形で湯から出ると、ヴィーデの頬にぴったりと顔を着けてアーデンが言う。

「ヴィーデ、オレがルシスの王を倒したらさ、どこかで一緒に暮らそうよ」
「………私は…一人で…」
「うん、分かってるよ。人間なんて結局は誰の側にいたって生きるのも死ぬのも一人だよ。だからさ、君もオレも一人で…そうして一緒に暮らせばいいんだよ」

一人ぼっちの二人が一緒に暮らす。矛盾しているようで、今のヴィーデの心にはその言葉が何故かぴったりと嵌り込んだ。

「…そうね…それも、いいかもね…」
「だろ?決まりだな」

そう言って、ヴィーデの顔を後ろに向けてもう一度キスをした。
濡れた髪を後ろに撫で付けたアーデンは、初めて見る男の様だった。






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