第19話

いつもよりものんびりと朝食を食べ、寝間着のままソファーで紅茶を飲んでいた。昨日の出来事があり、レイヴスとの訓練をどうしたものかと考えていた。
フルーレ家への憎しみを持った者に、レイヴスは剣の技術を伝授したいと思うだろうか。そもそも、どんな顔をしてあの男と会えばいいのか分からない。

「やっぱりもう…行かないほうがいいのかな…でも軍役を解かれたわけじゃないしどうすればいいんだろ」

そんな事をぼんやりと考えながら歯を磨き、再びソファーに寝ころんでうとうとし、目が覚めた時にはいつもの訓練開始から3時間が過ぎていた。
さすがにもういないだろうと服を着替え、念のためにエレベーターで訓練場へ向かった。

「いなかったらいなかったで、一人で練習すればいいや…」

チンと音を立てて止まったエレベーターのドアが開き、訓練場へと入る。目に入ってきたのはこちらに背を向けて立つレイヴスの姿だった。
ゆっくりと振り返り、遅かったなと言った。

「来ないかと思っていたが、来たんだな」
「……もういないと思ってたわ…」

それからしばらくの間無言が続き、先に口を開いたのはレイヴスだった。

「今後オレから訓練を受けるかどうかはお前が決めろ」
「………あなたを許したわけじゃない。フルーレ家への復讐とは別に、私たちの日記を勝手に見たことは絶対に許せない」
「かつてのオレの先祖がお前の先祖にしたことを許せとは言わない……フルーレ家とルシス王家への憎しみはすべてオレにぶつけろ。然るべき時が来たら、お前の手でオレを殺せ」
「………」

昨日アーデンに言われたように、ヴィーデにとってフルーレ家もルシス王家も漠然とした復讐の対象でしかなかった。
そこにヴィーデの意思はなく、ただそうすることが当たり前だからと背負った使命を降ろさなかっただけだ。
顔も知らない神凪であるルナフレーナやルシスの若き王への怒りなど、最初から持ち合わせてはいなかった。
けれど目の前に立つ男だけは別だ。

「訓練を続けると言ったら、あなたは私にこれまで通り教えるつもりなの?」
「何か問題があるか?」
「…あるでしょう?自分を殺すかもしれない相手を自分の手で育てることになるのよ?」
「ああ、それでいい。せいぜい腕を磨け。お前は今後も軍人として任務に就くことになるのだろうから、オレから盗めるところはしっかり盗んでおけ」
「………」

おかしな男だと思った。けれどまだまだ半人前のヴィーデにとって指導者を失うのは大きな痛手となる。
この男を利用できるのならそれで良しとしようと考えた。

「それなら、レイヴス…将軍にお願いがあるの」
「レイヴスでいい」
「…もう一つ武器が欲しいわ。少し特殊なものになるけど、作れる?」
「特殊な武器?」
「あなたがあの日記を見たのなら、私がルシス王家の血を引いてることも知ったのでしょう?」

そう言って、右手に炎を纏わせた。

「この魔法を帝国の人間に見せるわけにはいかないけれど、戦闘で使えるのなら使っていきたいの。マジックボトルに魔法を込める要領で、それを弾として打ち出せる銃のような武器が欲しいわ」
「……なるほど…」
「魔法にカーズやストップの付属効果を持たせれば、もっと有利になると思うわ」
「恐らく可能だろう…それができるようになれば、お前には斥候の役割が合うな」
「斥候?」
「前線に配置し、いの一番に敵を視察するポジションだ。帝国の揚陸艇はどうしても目立つ。お前がリベルタとともに単身でそれが出来ればこちらには有利だ。空を飛ぶモンスターを相手にする時も、動きの素早いチョコボで撹乱し先制攻撃として付属効果を持たせた魔法で弱らせておけば、その後の戦闘が楽になる。お前の弱点を補うことも出来るし一石二鳥だな」
「弱点…?」
「正直言って、お前の戦闘能力は低い。体格も筋力も、技術だけでは補えない弱さがある。だがそれは敵と一対一で戦う時の弱点だ。軍は組織で動く。適材適所で人員を配置し、結果として勝利を得られればそれでいいわけだ」

面と向かって弱いと言われ、ヴィーデは少しだけ唇を尖らせた。これでも毎日くたくたになるまで練習を続けているというのに。
そんなヴィーデの様子を悟り、レイヴスは少しだけため息をついた。

「そう怒るな…完璧な人間などいない。向き不向きがあるだけだ。オレはお前の様に、魔法も使えんしチョコボを乗りこなすことも出来ん」

慰めているつもりだろうが、この男からは何を言われても嫌味にしか聞こえない。要は魔法やチョコボがなくとも十分に戦えているということなのだ。

「今日は……どうするんだ?」
「…今日はやめておく…リベルタと私の装備をもっと充実させたいから探しに行くわ。魔法にかけた付属効果をリベルタがもらっちゃったら意味ないし…チョコボの防御マスクなんてあるのかな…」
「この辺りではあまり見ないな。手に入らないなら作ることも出来るかもしれんが」
「そう…じゃあ取りあえずもう行くわ。武器の事よろしく」

そう告げてエレベータへと向かう。レイヴスはその背中にを静かに見つめて、声をかけた。

「…答えは急がない」
「え?」
「オレの返答は昨日お前に話した通りだ。ゆっくり考えてくれ」

カリゴの提案したレイヴスとの婚姻についての事だろうと思った。万が一結婚をしたとして、どれだけ殺伐とした家庭になるのだろうかと思う。
レイヴスの目的が、妹であるルナフレーナを守るためであることを理解しているので、監視されるために結婚するようなものだ。
こうまでして守ってくれる人間がいるルナフレーナと哀れなカウザとの違いを思い自嘲気味に笑った。

レイヴスの言葉に返事を返すことなくエレベーターに乗り込み、ヴィーデはそのまま下りて行った。





一度部屋へ戻り、リュックを取ってからリベルタの所へ向かっていると、向かいからアーデンがやってくるのが見えた。
眠そうに大きなあくびをしている。ヴィーデに気付くとああと片手を上げた。

「あれ、ヴィーデ。今日は訓練なし?」
「んー…さっき訓練場に行ったけど、取りあえず今日はなし。レイヴスに新しい武器を作ってもらえるようにお願いしただけよ」
「新しい武器?」
「そう、ほら私…」

そこまで言って周囲を見渡し、アーデンを手招いてその耳元で小声で話した。

「…魔法…使えるのに見られちゃいけないからダメって、もったいないでしょ?だから、魔法をマジックボトルみたいに何かに詰め込んで、それを弾にして打ち出せる武器が欲しいって言ったのよ」
「あー…なるほどね。それは確かに便利だ」

良く思いついたねと言ってヴィーデの頭を撫でた。
ヴィーデはそのために必要なリベルタと自身の装備を探しに行くつもりだとアーデンに言った。

「ここらにはチョコボに関する道具は売ってないねえ、チョコボ自体いないからな。あるとしたらルシス王国だ。あそこにはチョコボポストや農場もあるからね」
「ルシスか…うん、じゃあ今から行ってくる!」
「……なら、オレも一緒に行こう」
「アーデンも?今日は忙しくないの?」
「今日の仕事はデスクワークばっかりだからね、今も気分転換に歩いてたところだ。今日こそ、一緒にチョコボに乗ろうよ」

アーデンがそう言うと、ヴィーデは本当かと笑顔を見せた。

「ねぇ、早めに買い物終わったら釣りしてもいい?」
「ハマってるねぇ」
「楽しいよ釣り。大きいの釣ってみせるからね!」
「分かった、じゃあ早めに出よう」

今日こそは邪魔されずに出かけることが出来そうだ。
アーデンがそう思った時、お決まりの様にあの女が現れた。

「あらごきげんよう、アーデン様と…ヴィーデさん、だったかしら」

出た、と思わず小さな声で呟いてしまった。なぜこうもこの女はヴィーデと二人だけの時間を過ごそうとすると現れるのか。
ひょっとしたら自分がヴィーデにしているように、ベネーヌに盗聴器でも仕掛けられているのかとアーデンは思った。

「…Ms.ベネーヌ、近頃頻繁にこちらへおいでですね」
「今日はお父様の用事に付き添って参りましたの…アーデン様ったら先日の舞踏会、途中でいなくなってしまうんだもの。どちらへ行かれてましたの?寂しかったわ」
「あー……ちょっと酒に酔いましてねぇ。風に当たりに…」
「…あらそう…」

本当はそこの女の部屋に行っていたくせに、ベネーヌは目を細めてアーデンを睨んだ。
ところで、と今度はヴィーデに視線を向けた。

「ヴィーデさん、ご結婚するんですってね!心からお祝い申し上げるわ」
「…え…?あ…結婚…」
「レイヴス様もとーっても素敵な方よね。あの方のファンも多くいらしてよ。本当にあなた達お似合いよ、おめでとう!」
「…は…ありがとう…ございます…?」

相変わらず人を圧倒させる話し方をする女だと思った。この調子では、また今日もアーデンと出かけることは出来なそうだ。
溜息をついて、アーデンの後ろへと一歩下がった。

「ねえアーデン様。お父様のご用事が終わるまで、私に付き合って下さらない?」

ベネーヌがそう言うと、アーデンは後ろに回した右手で背後にいるヴィーデに先に行けと合図を送った。
アーデンを口説くのに必死な女に軽く頭を下げ、ヴィーデは静かにその場を去って行った。

「ね、いいでしょうアーデン様。この間のドライブ、とっても楽しかったわ。また連れて行って」
「そうしたいのは山々ですがー…今から皇帝陛下の元へ呼ばれておりましてね。いや、実に残念。またの機会に…」
「……陛下の所へですか…それじゃあ、仕方ありませんわね…」

不機嫌な顔を見せるベネーヌに、申し訳ないと頭を下げて背を向けた。
そっけないアーデンに苛立ち、

「ねえアーデン様…そろそろお心をお決めになった方がよろしくてよ?あまり女を待たせるものではないわ。ヴィーデさんもご結婚が決まったのですから、人様の奥方とご一緒にいるなんてはしたないと思わなくて?」

とベネーヌは言う。
アーデンは足を止め、顔だけを彼女の方へ向けた。

「おっしゃることはごもっとも…ですが人のものほど、魅力的に見えてしまうもので…」

そう言って、足早にその場を後にした。






一足先に保管倉庫へ来ていたヴィーデは、やはりアーデンを待っていても来ないかもしれないと思い始めていた。
けれど前回のような不満はさほどなく、アーデンの立場上致し方のないことだと理解していた。
あと15分待っても来なければ一人で行こうと心に決めた時。

「ヴィーデお待たせ。さ、行こうか」
「…アーデン…大丈夫なの?」
「そう何度も邪魔されてちゃたまんないよ。ていうかヴィーデさ…ありがとうございますはないだろう」
「何が?」
「結婚。しないんだろう?」
「あー…おめでとうって言われたからつい反射的に…」

ヴィーデがそう言うと、君のそういう所が不安なんだとアーデンは言う。

「ああいう連中はね、ちょっとした一言でも掬い上げて見逃しちゃくれないよ?ヴィーデがレイヴス将軍との結婚を承諾した、なんて広まったら事だよ」
「うん…気を付ける…」

頑固なくせに、変なところでふわふわとしてアーデンを安心させてはくれない。渡世に慣れてしまってはヴィーデの良さが無くなるが、世間知らずに付け込まれるとロクなことにはならない。

「そういえばヴィーデ…いつのまにシフトブレイクなんて使えるようになったの?」
「…なにそれ?」
「何それって…昨日レイヴス将軍と喧嘩してた時にやってたろう?武器を投げて、相手の元まで一瞬で飛ぶやつだよ。あれはルシスの一部の人間にしか使えないんだ。あんなところでやっちゃだめだって」
「私そんなことしてた?」
「………ちょっとやってごらん」

ヴィーデに武器を取らせ、壁沿いに立つ魔導兵に向かって投げるように指示をする。

「投げればいいのね?」
「そう」

魔導兵に狙いを定め、えいと剣を投げつける。しかしそれはガランと音を立てて床に落ちただけだった。

「…………できない…」
「もう一回やってみて…」

再びやるも結果は同じだった。どうやら無意識のうちに使っていたようで、それは怒りで我を忘れた時に偶発的に起こったもののようだとアーデンは思った。これまでの出来事を考えると、ヴィーデにはルシス王家の血が濃く出ていると感じる。

「出来ないか。まぁむしろそっちの方がいいと思うけどね」
「昨日の事、あんまりよく覚えてないの。頭に血が上ってたんだわ」
「うん、すっごく怖い顔してたよ」
「…もういいから…早く行こうよ」

ヴィーデに急かされて、リベルタのハーネスを取る。倉庫の外へ出てヴィーデを前に乗せ、その後ろに飛び乗った。

「ねえアーデン、気を付けてね。この子、義足のせいで飛ぶ前の助走が最初から全速力だから」
「飛ぶ前の助走?そんなのなくても黒チョコボは飛べるよ」
「…え?そうなの?」
「ああ、それに全速力を出させないようにコントロールしてる?」
「………してない…っていうか、できない…」
「よし、見てな」

リベルタ、と声をかけ左右のハーネスを広げるように数回引く。するとリベルタはその場で羽ばたきを始め、そのうちふわりと宙に浮いた。

「え!走らないで飛んだわ…!」
「これが出来れば、例えば小さな足場から足場への移動ができるようになるだろ?いちいち走らないと飛べないんじゃ、黒チョコボの良さを生かせないからね」
「…アーデンすごい…」
「本当?初めてヴィーデに褒めてもらえたな」

そう言って笑った。

「あとは、走り出しのコントロールができないんだったな」

リベルタを地面に戻し体勢を整えて、今度はハーネスをやや引き気味にしながらリベルタの腹を両脚で軽く蹴る。
するといつものスピードの三分の一ほどのスピードで駆け出した。

「…走れるじゃん。何が難しかった?」
「………な…なにもかも…?」
「黒チョコボは気性は荒いけど賢いからね、操縦する人間の言うとおりに動いてくれる。逆にちゃんと動かしてやらないとこいつの思うまま振り回されるよ」

そう言って徐々にスピードを上げ、そのうちふわりと浮かび上がった。いつもなら離陸の際に左右に揺れてしまうのにそれが一切ない。

「アーデンすごーい!上手ね!」

ヴィーデは興奮した様子でこちらを振り返りそう言った。こういう時のヴィーデの表情はどこか幼く見え、アーデンも自然と笑みがこぼれる。
高度を上げ、帝都グラレアを眼下にルシス方面へと旋回する。

「ねえアーデン、剣はレイヴスから教わるけど、チョコボの乗り方はアーデンが先生になってよ」
「オレがヴィーデの先生か…いいねその響き」
「…貴族の女性たちとのデートを優先していいから。時間のある時にね」
「…そこまで物分りいいこと言われるとかえって寂しい物があるんだけど」
「アーデンにはアーデンの仕事があるんでしょ?私も、自分に出来る事を精いっぱいやるから。私が成長すれば、きっとアーデンの役にも立てるわ」

そんないじらしい事を言った。ヴィーデとの時間の方がよほど有意義なのは言うまでもなく、駆け引きだらけの貴族との関わりなど苦痛でしかない。
それでも避けては通れないのが国と貴族との癒着なのだ。

「嬉しいこと言ってくれるね…今日は思いっきりヴィーデに付き合うから大丈夫だよ」

そう言うと、腕の中のヴィーデは嬉しそうに笑った。
もっと驚かせてやりたくて、しっかり掴まっていろと言ってリベルタをくるくると回転させながら飛んでみせる。
子供の様にはしゃぐヴィーデを乗せて、アーデンはスピードを上げてルシスへと向かった。



迎賓室の窓から双眼鏡を覗き込み、遠い空を飛ぶ二人の姿を見つめるベネーヌの姿があった。

「…何が皇帝陛下に呼ばれてる…よ!やっぱりあの女と出かけるんじゃない…」






数時間後、ルシス王国へたどり着いたアーデンとヴィーデは、チョコボポストでチョコボ専用の防護マスクと、チョコボホイッスル、鞍と操縦者を直接繋ぐバンドを購入した。
その後、ネブラ森林の近くにある釣り場で釣りを楽しみ、ようやく金魚ほどの大きさの魚を3匹釣り上げた頃には外はすっかり暗くなっていた。

「ヴィーデ、暗くなってきたからどこかに宿を探そうか」
「じゃあ…キャンプは?」
「………キャンプか…」

アーデンはその体質から、シガイ除けの施された標が苦手だった。居られないわけではないが、決して心地よい場所とは言えない。
けれど目を輝かせたヴィーデの顔を見ているとノーとは言えなかった。キャンピングマットと簡単な調理道具を揃えてアウトドアの準備を整える。
火にくべた鍋の中にトマト缶と野菜、先ほど釣った魚を捌いて放り込んだ。

「魚…ちっちゃいねぇ。捌くの大変じゃなかった?」
「……変ねぇ…どうして大きいのがかからないんだろ…」
「こっちも訓練が必要…ってことだろうね」
「じゃあ頻繁に釣りに来ないとね!」

と嬉しそうに言う。食事を済ませ、買っておいたワインを飲みながらどこまでも続く夜空を見上げた。

「アーデン…あのベネーヌって人、よほどあなたのことが好きなのね」
「ん?昨日も言ったけど、そう言うんじゃないと思うよ。オレの地位に興味があるだけだよ」
「…どうしてわかるの?」
「どうして………どうしてだろう…」
「あんなに一生懸命あなたの気を引こうとして、普通の恋をする女の子ってそういうものじゃないのかな…」

普通とはなんだろうか。自分で言っておきながら、それがヴィーデには分からなかった。

「……女の普通って、オレにはいまいち分からないけどね。ヴィーデは『普通』じゃないの?」
「…違うと思う…私、誰かを好きになったことがなかったから…」

それはそうかとアーデンは思った。あんな特殊な環境で異常な役割を担わされて、誰かに想いを寄せるなんてことはありはしないだろう。

「小さい頃私の母がね、よく言ってたのよ。早く私が大きくなればいいのにって」
「…どういうこと?」
「娘が15歳になると交代なの…」
「…………」
「だから…母は早く楽になりたくて、私に役割を押しつけたくてそう思ってたんじゃないかな。でも私が15歳になってすぐ、死んじゃったけどね。やっと自由になれたのに…」

可哀そうな人、とヴィーデは言った。
キャンピングマットに寝ころび、切れ目なく続く空に腕を伸ばす。

「あの村、周りが森や山に囲まれてたでしょ?空を見上げてもこんなちっちゃいんだよ」

そう言って、掲げた両手で四角を作る。

「あそこを出て初めて、空がこんなに広いことを知ったの。馬鹿なこと言ってると思うかもしれないけど…本当にそう思ったの」
「…そうだな…空は一つしかないからね」
「ねぇアーデン、私をあそこから連れ出してくれてありがとう…この先、戦いの最中に死んだって私ちっとも後悔しない。この広い空の下で死ねるなら、それって幸せなことだわ」
「……そんなこと言うなよヴィーデ…」

ヴィーデの隣に寝ころんで、まっすぐに夜空を見つめる顔を見下ろした。

「もっと欲深くなってごらんよ。一つ願いが叶ったなら、次にしたいことを思い浮かべればいいだろ?欲しい物があるなら、それに手を伸ばせばいいんだよ」
「……欲しいもの……」

今自分が欲しいのは…

目の前の、ヘーゼル色の瞳をした男は人であることをやめたのに、これまで出会ってきたどの男たちよりもヴィーデの心に寄り添おうとする。
手を伸ばせば掴めるというのなら。

「…私、アーデンに出会って…ちょっと我が儘になっちゃったみたいね…」
「ヴィーデの我が儘なら、オレがいくらでも叶えてやるよ…」

アーデンがそう言ったすぐ後に、ヴィーデの視界から星空が消えた。代わりに感じたのは、唇に押し付けられた温もりと少しだけチクチクとした感触。
顔が離れて、ヒゲ、とヴィーデが言う。

「…痛い?」
「ふふふ…ちょっとくすぐったい」

今度はヴィーデがアーデンの頬に手を触れて引き寄せた。短いキスを何度も楽しんで、時折きつく抱きしめ合う。
瞼と頬にも唇を落として優しく髪を梳き愛おしげに撫でて。

リベルタが嫉妬をして間に割り込むまで、二人の抱擁は続いた。







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