第13話

ある日の早朝、ヴィーデは突如身体にどすんとのしかかる衝撃で目が覚めた。びたびたと顔を叩かれ髪を啄まれ、早く起きろという催促だった。

「いたっ…痛いってもう〜〜…起きる…起きるからどいて…」

ヴィーデがそう言いながら顔にまとわりつく柔らかい羽毛の塊に腕を伸ばすと、それがピイと鳴き声を上げて掌に頬ずりをした。

「おはようリベルタ。早起きね…ていうか早すぎよ…」

リベルタと名付けられたそれは、ヴィーデが初めて行った野獣討伐の際に持ち帰った卵から孵った黒チョコボだった。
成長が非常に早く、少し前まで両掌に乗せられるほどの大きさだったものが、今ではヴィーデの肩ほどまでになった。

今日は久しぶりの休みなのに、とベッドで伸びをしていると再びリベルタの翼で頬を撫でられる。
のそりと身体を起こして窓の外を見ると、辺りはまだ薄暗い。このチョコボと暮らすようになってから、ヴィーデには早起きの癖がついた。
とはいえ、そのほとんどが強制的にリベルタによって叩き起こされている状態ではあるけれど。

「お腹空いたのね、待って」

リビングの冷蔵庫からギサールの野菜と炭酸水のペットボトルを取り出す。
皿に置いた野菜をリベルタの前に置いてやると、ピイピイと鳴きながら啄み始めた。ペットボトルに口を付け、その様子を微笑みながら眺める。

「大きくなったわねー、もう少ししたら乗れるようになるかな…ハーネス用意しなきゃね。黒チョコボは空が飛べるっていう話聞いたことがあるけど本当かしら…」

もしそうなら、今後の討伐などで移動が必要になった際にこのチョコボで移動が可能になるかもしれないと考えていた。
ヴィーデはどうにもあの帝国軍が所有する揚陸艇が苦手だった。魔導兵を詰め込んだ上に無口なレイヴス将軍と過ごすあの空間よりも、リベルタと自由に空を飛べたならどんなに素晴らしいことだろうか。

「ね、私を乗せて運んでくれる…?…って…あぁあああ!」

ソファーの上のクッションが食い破られているのを見つけた。中身の羽毛が飛び出し床に散乱している。
ヴィーデは犯人をギロリと睨みつけた。

「もうリベルタ!これ何個目?クッション齧っちゃダメって言ったでしょう!」

リベルタは柔らかな素材のものを見つけるとその口ばしで食いちぎる癖があった。それはクッションからヴィーデの軍服までに及び、悩みの種であった。
叱られたリベルタはなぜか嬉しそうに甲高い声で鳴いた。

はあと深いため息をついて野菜を啄むリベルタの頭を撫でた時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「おはようヴィーデ、あれ、まだ着替えてなかったのか」
「アーデン…早いのね」
「最近早起きなんだろう?」

コイツのせいで、とリベルタを親指で示す。

「そうね、すっかり早寝早起きの癖がついたわ。でも見てあれ…この子ったらクッションやら私の服やらボロボロにしちゃうの」
「あらら……うーん、そっか。なるほどね」
「なるほどって?」

アーデンはリベルタがかじったクッションや布きれが一か所に集められているのを見て頷きながら言った。

「こりゃあアレだ。寝床を作ろうとしてるんだな」
「寝床…?いつも床で丸まって寝てるのに…」
「こいつらの本能だよ。野生のチョコボはそこらの葉や細い枝をかき集めて寝床を作って生活してる。だからリベルタも自然とそうしてるってこと」
「…そうだったの…でもこれじゃあ困るな…」

アーデンは少し考えた後、リベルタを移動させようと言った。

「移動って?」
「身体もずいぶん大きくなってきたからな、ここじゃあこいつにとっても窮屈だ。魔導兵保管倉庫、あそこに寝床作ってやってさ」
「…え〜〜〜…」
「えーって…。そもそも室内でチョコボを飼うこと自体難しいって。そろそろ親離れしないとな」

そう言ってヴィーデの頭をぽんぽんと撫でると、リベルタは抗議の声を上げながらアーデンの手を啄んだ。

「いてっ!おいおいちょっと…!」
「ふふっ…怒ってるわね」
「………ほう」

アーデンがヴィーデの背後からその身体をぎゅっと抱きしめてみると、いよいよリベルタは羽をばたつかせながらアーデンに蹴りを入れようとした。

「はははっ。こいつ嫉妬してるんだな」
「そうりゃあそうよ、私がこの子のお母さんだもの」
「黒チョコボはめったに人に懐かないが、孵化させたのはヴィーデだからね…そうだ、いいもの持ってきてあげるよ」

待ってなと言い残し部屋を出て、少しして戻ってきたアーデンの手にはチョコボ用のハーネスが握られていた。傍らには鞍もある。

「これって…チョコボのハーネスね。どうしてアーデンがこんなの持ってるの?チョコボはルシス王国の領土内にしかほとんどいないのに…」
「オレも昔、黒チョコボに乗ってたんだよ」
「え…そうだったの…?」
「ああ、それはもううんと昔ね。オレがルシス王家に討伐される時、そいつだけは逃がしたんだがハーネスは残ってた」
「…そんな大事な物、もらってもいいの?」

ヴィーデがそう言うと、アーデンはハーネスをリベルタに取り付けながら言った。

「捨てられなくてね。持ってるだけじゃあ何の役にも立たないからさ」
「…そうね、ありがとうアーデン」

ハーネスを取り付けられたリベルタはうっとうしそうに顔を振っている。すぐに慣れるからなと言いながら、アーデンはその首を撫でてやった。

「取りあえず今日は、保管倉庫にこいつの寝床作ってやりなよ。ヴィーデ休みだろう?」
「うん、アーデンは…?」
「オレは今日ちょっと野暮用でね」

じゃあ、と言い残しアーデンは部屋を出て行った。
本当に不思議なくらい、アーデンはヴィーデが欲しいと思ったものをいいタイミングでくれるものだと思う。

「良かったねリベルタ。これでお前と一緒に外に行けるわ」

顔からぶら下がったハーネスをちょんちょんと引っ張ると、リベルタは驚いたようにピイと鳴いた。






それから朝食を終えたヴィーデはリベルタを連れて魔導兵保管倉庫へと向かっていた。
倉庫裏に廃材置き場があるのでそこから適当に見繕って簡単な仕切りを作ってやろうと思っていた。
可愛いリベルタを魔導兵と一緒に過ごさせることには不安があったが、部屋へ来る給仕たちにいちいち威嚇をするので致し方ないという思いもある。

ハーネスをゆっくりと引きながら廊下を歩いていると、その先にアーデンの姿が見えた。

「あ、アーデ…ん…?」

声をかけようとすると、そのすぐ後ろからもう一人の人物が見えた。身体のラインに沿った真紅のドレスを身にまとった派手で美しい女だ。
アーデンの左手は女の腰元に添えられており、まるでエスコートでもするように歩いていく。

「…誰…だろう…アーデンの恋人?」

そう口に出すと、ヴィーデの胸の真ん中がざわりとなった。アーデンの言っていた野暮用とは、この女と会うことだったのだろうか。
結局声をかけることができず、そのうち二人はヴィーデの視界から消えていった。

モヤモヤとした不可思議な胸の感覚はいまだに消えず、初めて味わうその不快感にヴィーデは首をかしげた。

「…なんなの…変な感じ…」

気持ちの悪さを振り払うように、ヴィーデは足早に倉庫へと向かった。




「よし、と…ちょっとボロいけど、これで我慢してねリベルタ」

木材で囲いを作り、足元に板を並べてその上に乾燥したワラを敷き詰めてやった。口ばしでそれをあちこちへと移動させたり踏みしめたりした後、満足したと見えるとその真ん中にしゃがみ込んで一声鳴いた。
日曜大工程度の技術しかないけれど、それでも上出来だと道具をリュックにしまいながらヴィーデは笑った。

「ふふっ。気に入ったみたいねー。お前と別々に寝るのはさみしいけど、必ず毎日顔を見に来るからね」

そう言って、リベルタの腹に顔を埋めるようにして寝ころぶ。ワラの香りが心地よく感じた。
ふーっと一息吐くと、先ほどの女が頭に浮かぶ。

「…綺麗な人だったなあ…やっぱり男って、ああいう風にお化粧してきれいな服を着た女が好きよね…」

ほぼ毎日同じようなデザインの軍服のズボンに上はタンクトップという恰好のヴィーデに、オシャレをするという感覚はほとんどなかった。
ニフルハイム帝国へ連れてこられ、初めてイドラ皇帝と謁見した時以来化粧すらしていない。

「そもそも化粧の仕方なんて知らないっていうのに…」

あーと声を出して仰向けになると、こちらを見下ろす青白い顔が見えた。思わずひっと声を出す。

「……なんだそれは…」
「え…あ…チョコボです…」

そう言うと、見ればわかるとレイヴスが言った。

「なぜここにチョコボがいるのかと聞いているんだが?」
「えと…ア、アーデン宰相がここで飼育しろと…部屋が手狭になってしまったから…」
「…まったく、好き勝手やっているな…」

ため息交じりにレイヴスが言う。話題を替えなければとヴィーデが話しかける。

「…魔導兵を連れて行くんですか?」
「いや、お前を探していた」
「私を…ですか?」

今日は休暇のはずなのに。それとも何かしでかしただろうかと不安になった。するとレイヴスは左手に持っていた細長い物をヴィーデに差出した。

「…?これ、何ですか?」
「ロッドだ。こっちはリール、そしてライン」
「?」
「お前、釣りをやってみてはどうだ?」
「釣り……」
「お前の戦い方には焦りが強く出ている。前に出ることばかり考えて相手の出方を待つことをしない。タイミングを見誤れば土がつくぞ」
「それで、釣りですか?」

レイヴス曰く、釣りは待つ事が主な作業であり忍耐力が培われるだけでなく、リールを巻くタイミングや引く瞬間を見極めるために集中力が育つらしい。

「お前にはいい訓練になると思うぞ」
「…レイヴス将軍も、釣りをするんですか?」
「いや、今はもうしない」

昔はしていた、ということだろうか。この男がのんびりと水辺で釣りをしている姿など到底想像がつかない。

「それとこれを」
「…?」

最後に手渡されたのは小さな箱で、開けると複数のルアーが入っていた。その中で最初に目についたのは赤いチョコボを模したルアーだった。それを手に取り、なんだかアーデンみたいだとヴィーデは思った。

「お前にはちょうどいいだろう?黒くないのが残念なところか」

そう言って、ほんの少しだけ口角を上げた。表情を一切変えない氷のような顔つきの男だと思っていただけに、それは大きな衝撃だった。

「チョコボがいるのなら、そいつで河や池にでも自由に行けるだろう」
「んー…乗せてくれるかしら…」
「まだ人を乗せたことがないのか?」

レイヴスにそう問われ、ハーネスを付けたのも今日が初めてだと言った。
ひとまず乗るだけ乗ってみようと思い、リベルタを立たせてその背中に鞍を乗せてみる。

「よーしよし、いい子ねー。そのままよ?動かないでね」

少しだけ驚いた様子のリベルタを宥めながら、その背中に勢いをつけてまたがる。
まだ大人になりきっていないので不安だったが、リベルタの体はしっかりとヴィーデの重みを支えられているようだった。

「あっ…大丈夫みたい…!やった!まだ子供なのにすごいわ」
「黒チョコボは他のチョコボに比べると筋肉質らしいからな。身体ももっと大きくなるだろう」
「ふーんそっかぁ…リベルタ、ほら、すこし歩いてごらん」

そう言って両足で軽くリベルタの腹を蹴る。すると一瞬羽を羽ばたかせ、すぐに駆け足を始めた。

「わあ…!凄い!…でもちょっと…そんなに走らなくていいのよ?ねえ聞いてる!?」

リベルタはそのままぐるぐると倉庫の中を走り回り、そのスピードはどんどん増していく。
広い所を走れる喜びからか、ヴィーデの制止にも全く止まる気配がなかった。

「手綱を引け!ちゃんとコントロールしろ!」
「でも…!振り落されそうでそんな余裕…」

倉庫を2周ほどすると、リベルタは開いたままのドアに向かって走り出した。このままでは倉庫の外に出てしまうと思ったヴィーデは手綱を全力で引きながら叫んだ。

「だめだめだめ!まだ外に出るのはダメよ!!止まってリベルタ!」

全力で疾走しながら倉庫を飛び出し、両方の翼を羽ばたかせたかと思うとリベルタはヴィーデを背中に乗せたままふわりと宙に浮いた。

「嘘でしょ!?飛んじゃダメ!!…レ…レイヴス将軍!!」

助けて、という悲鳴を残し、ヴィーデは空へと消えていった。その姿を唖然と見送りながら、レイヴスは盛大なため息をついた。

「…まぁチョコボは帰巣本能が強いからな…そのうち帰ってくるだろう」

帰ってくるのがチョコボだけだという可能性もあるが、と小さな声で呟いて、レイヴスは倉庫の扉は開け放ったままにその場を後にした。






黒チョコボが空を飛べるという話は知っていたものの、これほどまでに低空飛行で、かつ長距離飛行ができないものだとは知らなかった。
あれからリベルタは数時間かけて、飛んでは歩き、歩いては飛んでを繰り返してとうとうルシス王国まで来てしまった。
先の討伐で訪れて依頼のこの国だが、里帰りのつもりだろうかとヴィーデは深く息を吐いた。

「リベルタ、少し休もうよ。私お腹空いたわ」

近くの給油所でまで歩き、地図と食料を手に入れた。付近に湖があることがわかり、どうせここまで来たのなら釣りでもして行こうと思いバケツと予備のルアーも購入した。

「ニグリス湖…だって。行ってみようか…リュックと武器を持ってきて本当によかったわ」

一文無しでは買い物すらできない。帝国への通信手段もないためアーデンに連絡が取れないが、今日中に戻れば問題ないだろうと考えた。
給油所から南西方面まで走ると、非常に広大で美しい湖が見えてきた。地図に書かれている釣り場の目印を目指すとそれ用の足場が設えられている。
周囲にも数名の釣り人の姿が見え、流れる穏やかな時間に思わず笑顔になる。

「それにしても、帝国の軍服を着てこなくてよかった。この国では目立っちゃうもんね〜」

リベルタを近くの木につなぎ、リュックからロッドを取り出す。慣れない手つきでそこにリールを取り付けラインを通す。
これで正解なのかもわからないままルアーを取り付け、湖に向けて投げ入れた。

「この湖ってどんな魚が釣れるんだろう…釣ったら食べられるかなあ」

背後を見ると、リベルタが足元の草を食べているのが見える。こんな休日もいいものだとヴィーデは思った。




「…………釣れない…」

かれこれ2時間は経過したものの、一向に魚がかかる気配は見えない。時折水面から魚が飛び出すのが見えるので、獲物がいないわけではないのだけれど。

「立ってるの疲れた…もうー、レジャーチェアでも買えばよかった…」

後ろを振り返るとリベルタはうずくまり眠りについている。レイヴスの言うとおり、確かに忍耐力と根気は磨かれるかもしれない。
それにしてもいい加減飽きてきたと思ったその時―

「ん!?な、なんか引っ張られてる!!」

つんつんと引っ張られる感覚と共にロッドがしなる。逃がしてなるものかと慌ててリールを巻こうとした時、背後から男の声が聞こえた。

「おいちょっとあんた!そんなに巻いたらダメだ!」
「!?」

振り返ると、やたらと体格のいい男が立っている。素肌に皮ジャンという服装で、腕には刺青らしきものまで見える。
左目上から頬にかけて大きな傷があり、とても堅気の人間には見えなかった。
ひきつった顔のヴィーデをよそに、その男は背後からヴィーデの握るロッドに手を添えた。
側まで来るとヴィーデが丸ごと影で覆われるほど背丈が高い。アーデンもそうとうな高身長だがそれよりも更に大きいかもしれないと思った。

「…あ…あの…」
「釣り初心者か?」
「え…ええ。今日初めて釣りをするの…」
「ははっ!どうりでな。さっきからずっとアタリが来てなかったろ?せっかくかかったんだ、釣り上げないとな!」

男はそう言うと、ロッドを大きく右に傾けた。つられてヴィーデの体もそちらへ動いてしまう。

「どうしてこんなに傾けてるの…?!」
「魚が動く方向に合わせて傾けるんだ。先端がお辞儀を繰り返さねぇように。どれだけ頭を振られてもポンピングしないようにすることがコツだな」
「そうなの…よく分からないわ」
「そりゃ今日が初めてじゃあ分からねえさ!よし、今だリール巻け!」
「え!あ…はい!」

突然そう言われ慌ててリールを巻く。

「ストップストップ!巻きすぎるな!」
「難しいわ…!」
「引きが弱くなった瞬間を狙ってロッドを立てて巻くんだ。暴れてる時に巻き続けてるとラインが切れるぞ」
「お、奥が深いのね…!言葉でいくら説明されても生き物を相手にしてる以上経験が必要ってことね!?」

ヴィーデがそう言うと、分かってるじゃねえかと男は笑った。最初こそ怖いと思ったその顔だけど、よく見ると長い睫の瞳は優しげだった。
少しずつ魚との距離が縮まってくると、ここからは焦らず慎重に行けと男は言う。

「魚ってのは釣り上げられる瞬間まで抵抗するぞ。さっさと引き上げようとすると逃げられる。魚の体力が減ってくるとだんだんと大人しくなるから、そうなったら一気に巻く」
「分かったわ…!」

水面からかすかに見え隠れする魚に目を凝らす。右に左にと動きながらも、たしかに暴れる回数が減ったようにも思う。
その時、ふっとロッドが軽くなる瞬間が来た。

「あ…巻いていい!?」
「行け!」

キュルキュルと音を立てて素早く巻く。一体どんな大物がかかったのだろうかと心臓が高鳴った。するとようやくその姿を拝むことができた。
しかし−

「……あれ…」
「はっはっはっは!」
「ち…ちっちゃい…」

少し大きな金魚かというほどのサイズだった。あれだけ時間をかけてようやく釣り上げたものがこれかと思わず項垂れた。

「初めてで上出来だよ。この辺りにはでかい魚も多いからな、少しずつ上手くなって大物釣り上げてやれ」

そう言って満面の笑みで親指を立てた。この男と話しているとこちらまで自然と笑顔になる。ヴィーデも右手の親指を立てて返すと、男の後方からやや甲高い声が聞こえた。

「あー!グラディオがナンパしてるよみんな〜!」
「ナンパじゃねぇよ!釣り教えてただけだ!」
「それをナンパって言うんじゃん、ねえノクト?」

そう言う美しい金色の髪をした男の背後から、さらに二人の男が現れた。一人はブラウンの髪を逆立てメガネをかけた風貌で、もう一人は目にかかるほど長い前髪の青年だった。

「大丈夫?この怖い顔した人に変なことされなかった?」
「へ…変なこと?」

すかさずグラディオと言うらしい男が、してねえよとツッコミを入れる。本当に元気な連中だと思った。  

「オレね、プロンプト!で、こっちのでかい人がグラディオ、隣がイグニス、そしてノクト」
「私はヴィーデよ、よろしく」
「釣り教えてもらってたって、何か釣れた?」

そう言ってプロンプトはヴィーデのバケツを覗き込む。ちんまりとした小魚一匹が泳ぐそれを見て、眉毛をハの字にして笑った。

「まぁ、最初はみんなこんなもんだよ…!少しずつ大きい魚釣れるようになるって」
「オレは最初からでかい魚釣ってたけどな」
「もうノクト!!オレがフォローしてるのに何でそういうこと言うの!」
「な…本当の事だろ…!?」
「ごめんねー、こんなだけどホントは悪い奴じゃないんだ」
「……お前な…」

そんなやりとりがなんだかおかしくてヴィーデは笑ってしまった。明るく屈託のない年相応の姿は、閉鎖的な村で育ったヴィーデにとっては新鮮なものだった。
するとノクトがヴィーデの手にしている釣り道具を見て叫び声を上げた。

「…おいこれ!このリール…リムレーンじゃねえか!何でこんなの持ってるんだ!?」
「え…?もらったものよ」
「マジか…ルアー見ろよ…!ビッグマスター・テュポーン…タイダルウェイバー・リヴァイアサン…非売品だぞこれ!っちょ…なあヴィーデ、これどこで…」
「だ…だから貰ったもので…そんなにすごい物なの?」

ヴィーデがそう言うと、ノクトは両手を膝に付けて大げさに項垂れながらため息をついた。

「もったいねぇー…初心者にこんな…宝の持ち腐れってこういうことじゃねぇか…?」
「おいノクト…!すまないヴィーデ…羨ましがってるだけだから気にしないでくれ」

イグニスが申し訳なさそうに言う。苦笑しながらかまわないわとヴィーデが言うと、もう一度すまないと言った。
グラディオが日の傾きかけた空を見上げて、

「ところでヴィーデ、もう日が暮れてきたが今日はどうするんだ?まだ続けるのか?」

と言う。しまったと思いヴィーデも群青色とオレンジ色のグラデーションに染まりつつある空を見る。
夢中になりすぎて、リベルタの飛行時間をすっかり忘れていた。

「あー…参ったなあ…リベルタじゃ今日中に帰れないわ…」
「リベルタって、もしかしてこの黒チョコボか?」
「そう、私この子に乗って来たの。まだ飛び始めたばかりで時間がかかるのよ…」
「すげえな…!どうやって手なずけ…」

グラディオが言いかけると、プロンプトがその巨体を押しのけて顔を出した。

「ねえねえヴィーデ!オレたちと一緒にキャンプしようよ!夜はシガイも多くて危険だし、一緒にいたほうが安全だよ」
「キャンプ?ああ、標でするあれよね?そこにはシガイが寄ってこないんだっけ」
「そうそう!どうかなあ?」

プロンプトがそう提案すると、イグニスがそれに待ったをかけた。

「プロンプト、いくらなんでも初対面の男とキャンプなんて女性は嫌がるだろう」
「嫌がってなんか…でもいいの?むしろご迷惑じゃない?」
「いや、迷惑なんてとんでもない…オレ達を信用してくれるなら歓迎するが」

そう言われ、ヴィーデはお邪魔するわと頭を下げた。
妙にテンションが高く人懐っこいプロンプト、マイペースなノクトと仲間ををいさめるポジションのイグニス、そして全員の兄貴分的なグラディオ。
非常にバランスのいいメンバーだと思った。一緒にいると自然と笑顔が増える。初めてのキャンプに、まるで子供の様に胸を躍らせながら全員で釣り場を後にした。



ヴィーデにとってこの日の出来事が、生涯消しえない記憶となることを知るのはまだ先の事である。







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