「エース……こんな所に居たの?」
「……ナマエか」
広い船内を探し回ってやっと見つけた後ろ姿。見慣れたテンガロンハットのシルエットに声をかければ――月明かりの下でゆっくりと振り返ったエースは、少しだけ困ったように眉尻を下げて笑った。
普段の屈託ない太陽のような笑顔は、どこにも見当たらなかった。エースを照らす青白い月明かりが、余計にその表情を寂しげに見せている。
「……主役がこんな所に居たままじゃ、いつまで経っても宴が終わんないよ?」
そろそろお開きにしてあげないと、ナースの言い付けをちっとも守んない親父はまだまだ浴びるようにお酒を飲み続けちゃうよ。そう言って、わたしたちの誇りが刻まれた背中にギュッとしがみついた。
仲間たちの騒ぐ声が、微かにこの甲板にも届く。食堂では未だに大宴会が繰り広げられているのだろう。エースの誕生日を祝うという名目だったソレも、すっかりお酒を飲むただの口実にすり替わっている頃だ。
「はは、そうだな……」
少しだけ笑ったエースの震動が、お腹に回した腕に伝わってくる。それから――ポンポン、と軽くわたしの腕を叩いて、おれは大丈夫だと合図するんだ。
こんなエースの姿を初めて見たのは、いつだったろうか。もう随分前のことだ。どうしたの?と尋ねても、何でもねェから心配すんなってあなたは笑うだけだね。
ねえエース。わたし、エースのことが大好きだよ?だからそんなに悲しそうな顔で、無理して笑わないで。
そんな気持ちを込めて、もう一度だけその広い背中をギュッと抱きしめた。それから、胡坐をかいて座るエースの正面に回り込む。戸惑ったように揺れる瞳を逃がさぬよう、両頬に手を添えじっと見つめた。
「エース……生まれてきてくれて、ありがとう」
「……っ、ナマエ……」
おれは、生まれてきても……良かったのか?――掠れた声でそう呟いたエースの黒い瞳には、うっすらと透明な膜が張っていて。ああ、なんて綺麗なんだろうと、この場に不釣り合いな感想を抱く。
「当たり前でしょう?何度だって言うよ、わたし……エースと出会えてよかった。エース、この世に生まれてきてくれて、本当にありがとう」
何だかわたしも泣けてきて、震える声で必死に言葉を紡いだ。
言葉はいつも不完全で、あなたの心をすべて埋めることは出来ないかもしれない。でもこの気持ちを伝えようとする努力を、わたしは諦めたくないの。
そんな想いだけで吐き出した拙い言葉たち。あなたに届いただろうか?
交わした言葉を、想いを、大切に抱きしめてわたしたちは――
がたがたに生きていくHAPPY BIRTHDAY!ACE★
2011.1.1