跡形もないくらい無残に破壊された酒場。その瓦礫に埋もれるようにして、真っ赤な血だまりに映る生気のない顔をぼんやりと見つめた。
この男は誰だ?……あぁ、おれか。
ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、未だ脈打ち続ける己の鼓動に耳を傾けていると――不意にまざる、聞き慣れた革靴の音。
「うちの海賊団に、死にたがりは要らねェぞ」
「船長……」
ゆるゆると持ち上げた視線の先には案の定、船長であり幼馴染であるローの姿。不機嫌そうに眉を寄せて見下ろす姿に、思わず溜め息が零れた。
「溜め息吐きてェのはこっちだ、馬鹿」
「……くっ…はは、馬鹿とは酷いな」
「間違っちゃいねェだろ。ナマエもこんな馬鹿置いて行っちまって、気が気じゃねーだろうよ」
おれが作り出した惨状をぐるりと見渡し、苛々とした感情をぶつけるようにかつて"人間"であったはずの肉の塊を蹴り飛ばしながら、ローが吐き捨てる。
ナマエ――唇の形だけで作り出した愛おしい名は、ひどく掠れて音にすらならないというのに。涸れ果てたはずのおれの胸の奥、ひび割れた砂地にじわりとした何かを湧き上らせた。
「これは、おれがナマエから預かってたモンだ」
しゃがみ込んだローが突き出してきた、刺青の入った手の甲。怪訝そうに見つめるおれのすぐ目の前で、握られた手のひらがゆっくりと広げられていく。
軽やかな金属音を立てて、姿を現したのは……銀色のロケット。蓋の部分に細やかな細工が施されたソレは、はじめて目にするものだった。
「こんなの見たことねェってツラしてるな」
「……勝手に人の心を読まないでくれ」
「フン……これはな、ナマエが最期におれへ託したモンだ。おまえが前向いて歩けるようになったら渡してくれって、そう言われてた」
「……」
「だが、この調子じゃおれはいつまで経ってもこれを手放せねェ」
ゆらゆらと目の前で揺れるロケット。開いた蓋の内側で、ナマエが笑っていた。
小さな楕円のフレームなんかじゃ収まりきらないほどの輝かしい笑顔。その隣には……赤に染まる、死んだ魚のような眼をした男ではなく。真っ直ぐ前を向いて笑う、幸せそうなおれがいた。
「ナマエはな、おまえがちゃんと前に進んで行けるって信じてんだ」
「……っ、」
「このロケットはあいつがおまえを信じた証だ。ペンギン、おまえはナマエを裏切るのか?」
「!……っ…ロー……っく、そ…」
力の入らない身体に鞭打って、真っ赤に染まった手のひらに力を込める。がくがくと情けなく震える腕で、支えながら起き上ったおれの滲む視界には、ニヤリと笑う幼馴染。
「馬鹿、遅ェよ」
「……あぁ、すまん」
頬を濡らす生温いそれが、地面に広がる赤を薄めていく。漏れる嗚咽に何も言わず肩を貸してくれた友に、いつか心からの笑顔で「ありがとう」を伝えられればいい。
君のいない世界で僕はまだ生きているtitle / hmr
2011.6.28