カララン、と小気味よい音を立てて入口のドアベルが鳴る。食器を拭いていた手を止めて音のした方を見やれば、太陽のような笑顔がパッと顔を覗かせた。
「いらっしゃい、ルフィ! 今日は一人?」
「おう! いつものやつ大盛りな!!」
グランドラインに数多く点在する島々の一つ。此処、わたしが働く酒場に巷を賑わせる麦わらの一味が現れたのは一週間前のこと。
何をそんなに気に入ってくれたのかは分からないが、以来ルフィはその人懐こい笑顔を手土産に毎日酒場を訪れた。
初めはその首にかかる懸賞額から、緊張しつつ接客していたのだけど……それもほんの数日。あっという間に打ち解けて、いつの間にかルフィの来店を心待ちにしている自分がいた。
「ふふ、了解! でもうちのご飯ばっかり毎日飽きない?」
「ん? 何でだ? おれはナマエの作るメシなら毎日食いてェ!!」
「……っ、そう。ありがとう」
「ああ! しししっ」
これだ、この笑顔――初めて見た時から目を、心を、奪われた。
カウンターの内側で手際よくフライパンに油を引きながらも、そっと視界の隅でルフィの様子を窺う。ほのかにこの胸に宿る感情に、恋だなんていう甘ったるい名前は付けない、付けられない。
だってそうでしょう?相手は海賊だもの。一所に留まるような人たちじゃないことはよく知っている。
だからせめてログが溜まる間だけでも、こうしてあなたと過ごせたら――
「どうしたんだ? ナマエー」
おしぼりでウサギを作っていたルフィが視線に気付いて、小首を傾げる。何でもないわ、と微笑んで特製チャーハンと唐揚げのプレートを目の前に置けば。
「そっかァ? 何かあったらおれに言えよ!」
そう言ってニィッと笑いながら、作ったおしぼりウサギをピョコンと動かした。
「あら、可愛い。ウサギさん?」
「おう! サンジに作り方教えてもらったんだ!」
「ステキね」
「でもおれにとってはこの白くて可愛いウサギより、えっと……」
「……?」
「……あ、ウサギより! ウサギより……えーっと、ナマエの方が……何だっけ? ……まぁいーや、ナマエ! おれ、おまえのこと大好きだ!」
「なっ……ル、フィ……」
きっとあのフェミニストのコックさんに教えてもらったであろう、ルフィのたどたどしい口説き文句に目が点になった。
しかし言葉の意味を理解するごとに、じわじわと顔に集まる熱と緩む涙腺。期待なんてしちゃいけない、そう頭では分かっているのに……わたしの心の奥深くに眠る女としての本能は喜びに花開くがごとく震える。
「またすぐ戻って来るからな! だからそれまで、ここで待ってろ!」
ん!と差し出されたルフィの手。約束の指きりを促すソレに、はにかんで自らの小指を絡ませられるほど、わたしは素直なんかじゃない。ただの臆病な女なの。だからごめんなさい、ねぇ分かって?これが今のわたしの精一杯なのよ。
「……そうね、ルフィが海賊王になったら考えてあげてもいいわ」
突き出された小指にそっと小さくキスを落として、震える唇を誤魔化すように弧を描いた。
束縛すら生まれない指切りでさえ糧となったあの頃そんなあの日から、半年が過ぎましたね。
島へやって来た海軍から逃れるように、別れの挨拶も交わせぬまま海に帰っていったあなたの今をこんな形で知ることになるなんて……。
全世界を震撼させたマリンフォードの頂上戦争。
ルフィ、あの約束はまだ有効でしょうか?
どうか、どうかその命を落とさないで。
あなたを待ち続ける理由を、わたしから奪わないで。
嘘でもいいから、あなたの言葉を信じ続けさせて欲しいのです。
わたしのことは忘れててもいいから、どうか生きていてね。
2010.12.25
素敵企画「FAKE×FAKE」様へ提出