今日はやたらと忙しかった。上陸中の島へ買い出しに出ていた二番隊の隊員が、他の海賊団に売られた喧嘩をご丁寧に買ってきたから。
隊長のエースはたまたま別件で他の島へ遣いに出ており、相手の数がやたらと多かったことも負傷者を出した要因なのかもしれない。
まったく、白ひげ海賊団のクルーともあろう海の男たちが、こんなに怪我を作って戻ってくるなんて情けない。今日は午後から休みの予定だったからマルコと島を散策しようと思ってたのに……わたしの仕事を増やしてくれるなんて、ホントいい度胸してるわよね。
ぶつくさと文句を言いながらも、手際よく怪我の手当てを終わらせて。やっと一段落着いた頃には、もうすっかり太陽は傾いていた。きっとこの騒ぎは、一番隊隊長のマルコの耳にもすでに入ってるんだろうな……なんて思いつつ、医務室を出る。
廊下をオレンジ色に染める西日に目を細めながら、ふと思い立ってカーディガンのポケットから取り出した、シガレットケース。
マルコには身体に悪いからタバコは止めろと言われてるけど(自分だってヘビースモーカーのクセにね)今日は昼食後の一服もまだしていなかったのだ。
マルコを探すついでに甲板に出て、適当に置かれてある木箱に腰掛ける。吐き出した紫煙が夕焼け空に消えていくのを目で追っていると、不意にタバコを持つ右手が掴まれた。
後ろを振り向かずとも分かる、ゴツゴツと節くれだった指先と見覚えのある爪の形。夕日に照らされて出来た独特の影が、わたしの身体を包み込むように覆った。
「女がタバコなんて吸うんじゃねェよい」
「やだ、男女差別なんてナンセンスよ?」
咎めるようなセリフとは裏腹に穏やかな表情を浮かべたマルコが、もうすっかり短くなってしまった吸いかけのタバコを口に咥える。
フィルターに付いた色付きグロスの赤が、マルコの唇に触れるのをぼんやり眺めていると。ニヤリと口端を持ち上げた眠たげな瞳が、真っ直ぐにこちらを覗き込んできた。
「将来の為だろい」
「……え?」
「おれたちの、なァ?」
「それ、って……」
「ガキが産めなくなったら困るだろい」
「……っ!」
そして掠めるように触れただけの唇からは、メンソールの香り。嗅ぎ慣れた匂いのはずなのに、いつもより速くなった心拍数がうるさいのは何故だろう。呆気にとられるわたしを残して、ひらひらと手を振るマルコの背中が遠ざかっていった。
そしてその背中に何度目かの恋をする2010.12.3
2013.6.23修正
「スパンコール・ヴァージン!」のユーキさんへ捧げます