大きな大きなモビーディック号の一室。カラン、と涼しげな音を立てて洗面器に入った氷水の表面に波紋が出来る。そこから掬い上げられた真っ白なタオルはギュッと絞られ、寝台に横たわるマルコの額に乗せられた。
「下がらないわね」
「……このくらい大したことねェよい」
「もーこんな時まで強がらないの」
ぐったりと力の抜けたマルコの脇から抜き取った体温計が示す温度は、39.2度。ついさっき汗を拭ったばかりだというのに、もう既に綿素材のパジャマは汗でぐっしょりと濡れていた。
白ひげ海賊団一番隊隊長、不死鳥のマルコと言えど病には勝てないわけで。普段は滅多にお目にかかることのない弱々しい姿に、不謹慎ながらもどこか嬉しさを感じる自分がいる。こんなこと、本人には言えやしないけれど。
「ねぇマルコ、すりおろした林檎食べられる?」
「……あァ、少しだけもらうよい」
辛そうに上半身を起こすマルコに、大丈夫?と声をかけながら背中を支えれば。眠たげな瞳を眇めて、バカにするなと怒られた。
けれど顔を真っ赤にして途切れ途切れに息を吐き出しながら怒ったところで、怖くも何ともない。
――ふふっ、大きな子供みたいだわ。
文句を言いながらも差し出したスプーンを口に含むマルコの姿に、知らず知らず頬が緩む。
「じゃあちょっとコレ、片付けてくるわね」
残さずキレイに食べられたすりおろし林檎の器をお盆に乗せながら、瞼を閉じるマルコに声をかければ。火傷してしまいそうなほどに熱い手のひらが、ギュッとわたしの手首を握ってきた。
「……わっ! ちょ、どうしたの?」
バランスを崩して倒れそうになる一歩手前で何とか踏ん張り、手にしていたお盆をサイドテーブルに置く。
薄っすらと目を開けたマルコが、何か言いたげに荒く呼吸を繰り返した。なぁに?と少しカサついた唇に耳を寄せれば、熱のこもった荒い息が当たって少しくすぐったい。
「……っ……くな、」
「え? なに?」
「……ハァ…だ、から……行くな、って…言ってんだよい……ハァ」
熱に冒され赤く染まる頬とは別に、真っ赤に染まった耳に気付いて、どうしようもなく愛おしさを感じる。
「ふふ、仕方ないなぁ……早くわたしにうつして治して下さいね、マルコ隊長?」
寝台横の椅子にもう一度ゆっくり腰掛けて、からかうように笑って触れるだけのキスを落とせば。眉間にしわを寄せた大きな子供に、また怒られた。
毛布にくるまって眠るときはきっとあなたも誰かの子どもそんな可愛いあなたの瞼に、もう一度だけキス。
title / にやり
2010.11.07
2013.6.23修正