あともう少しで日付が変わって今日が終わる。瞬きの間に今日は昨日になって、明日が今日になる。境目なんて本当に曖昧だし、実際のところ流れる時間に大した違いもなかったりする。
でも、それでも。今日は、今日だけは、ベルに逢いたい。
いつやって来るかなんて分からない。というか、そもそもわたしはベルが何歳でどこに住んでて、普段何をしているのかだってまったく知らないのだ。もしかしたらベルと名乗った名前だって、本名じゃないのかもしれない。
でも、それでも。ベルが逢いに来てくれるのを、この部屋でずっと待っている。
いつもよりほんの少しだけ贅沢して買ったお惣菜と二つ並んだショートケーキは手つかずのまま、ダイニングテーブルの上。お惣菜はもう一度温め直せば、何とか食べられなくもないかな。
そんなことを考えながら、こぼし損ねたため息をまたひとつ呑みこめば。部屋の南に面した大きな窓、薄いレースカーテンの向こう側に見慣れたシルエットを見つけた。
「……ベル?」
無意識に口をついて出てきた愛しい人の名が、やけに掠れて聞こえてきて。そこでようやくカラカラに渇いていたらしい喉に気付いた。でも今は、この喉の渇きを潤すよりも先に――
「ナマエ」
「っ、ベル……!」
「ししっ、なんつー顔してんだよ」
「だって、ベル……なん、で……」
慌てて駆け寄ったわたしを見て、ベルはいつもと同じように歯を見せて独特の笑い声を立てる。いつもと同じようにお気に入りのボーダーのカットソーの上に黒いジャケットを羽織ったベル、でもいつもと違ってたのは……服に、髪に、顔に、べったりついた真っ赤な血。
「なに泣いてんの」
「だって、ベルがっ……ケガして」
「ばーか、オレの血なわけないじゃん」
「……え、でも……」
「あー…まぁいいや、めんどくさいし。ハイ、これやるよ」
滲む視界に突然現れたのは、赤く染まった白い薔薇の花束。鉄錆のようなにおいに混じって、薔薇の香りがふわりと漂う。鼻先に押し付けられたせいで思わず咽そうになるけど、それよりもベルからの初めての贈り物に湧き上がる喜びのほうが大きくて。
「誕生日オメデト、ナマエ」
「……あり、がと…っ」
「ちゃんとオレ、間に合った?」
「だい、じょぶ……だよ、わたしが寝るまではっ……ずっと今日、だもん」
しししっと笑いながら、わたしの頬を流れる涙を拭ってくれるベルの親指が温かいから。困らせたくなんてないのに、止まることなくどんどん溢れてくる涙がベルの指先を濡らしていった。
震えたまつげまで委ねればいいtitle / hmr
2012.6.20