アルバイト先のコンビニ、学校が終わって17時から21時までのいつものシフト。あと15分もすればタイムカードに打刻して、やっと家に帰れる。ぼんやりレジに立ちながら、腕時計にちらちら視線を送っていると。
ピンポーーン、というちょっと間抜けな音を立てて入り口の感知センサーが来客を告げた。
現れたのは、最近よく見かける可愛らしい常連さん。初めて見た時はこんな時間に一人でコンビニへやって来るなんて、もしや寂しい現代っ子か!?と心配したものだけど。
たまにお兄さんらしき人(何故か師匠と呼んでいるのを聞いたことがある)と一緒にやって来る時は、なかなか楽しそうな表情を見せるものだから、きっとわたしが心配するようなことはないんだと思う。
「いらっしゃいませ!」
「はいー、いらっしゃいましたー」
「フランくん、今日もおつかい?」
「そうですー。人使いの荒いパイナッポーにこき使われる幼気な少年とはミーのことですー」
年の割に落ち着いている……というか、どことなく斜に構えたような冷めた表情の小さな男の子。
でも生意気なセリフがポンポン飛び出すその口が、ふいにはにかむように小さく弧を描くのを知っているから、こうやってついつい声をかけて構ってしまうのだ。
「もう、またそんなこと言ってー」
「ナマエはもうすぐバイト終わりますかー?」
「えっ? あぁ、うん。あと10分くらいかな」
いつもの毒舌が飛び出したところで、今日もまた苦笑いを浮かべていると。おつかいの品であるチョコバーをいくつか抱えたフランくんが、レジカウンターまでやって来てシフトの終わり時間を確認してきた。
「じゃあミーと一緒に帰りましょー」
「あれ? フランくんちってどこだっけ?」
チョコバーのバーコードをレジに読ませながら、そう言えばフランくんってどこに住んでるだっけ?と頭に浮かんだ疑問を素直に口にすれば。
「……黒曜ヘルシーランドのほうですー」
「あ、じゃあ途中の公園まで一緒だ」
このコンビニから少し行った先にある公園が、二人の分かれ道だった。意外とご近所に住んでいるのかもしれない。
――そして15分後。
大急ぎで帰り支度を済ませて、お店の外で待っててくれたフランくんと一緒に家路についた。道すがら小さな手がキュッとわたしの右手を握ってきて、じんわりと温かくて柔らかな感触が伝わる。
隣りで歩くフランくんへ視線を落とすと、エメラルドグリーンの宝石みたいな瞳がこちらを真っ直ぐ見上げていた。
「……どしたの、甘えん坊じゃん」
「違いますー。ナマエの右手が寂しそうだったからミーの左手を貸してあげるんですー」
「えー…まぁいいや、そういうことにしといてあげる!」
「……ちっ」
「あっ、いま舌打ちした!?」
「してませーん」
「うそだー! 絶対いま、舌打ちしたでしょ」
「してませんー」
ぎゃあぎゃあと騒いでいるうちに辿り着いた、分かれ道の公園。誰かと話しながらだとあっという間だな、なんて思っていると繋いだままの右手が下から引っ張られ、バランスを崩してよろけそうになる。
「わっ……と! 危ないよフランくーん」
「ナマエー」
「ん、なあに?」
「ちょっと耳貸してくださーい」
「えー? な、に……」
内緒話をするみたいに口の横に手を添えて、つま先立ちになるフランくん。その背丈にあわせて小さく屈んだ瞬間――マシュマロのように柔らかな感触が唇へと触れた。
「!! なっ、ふら…ッ!」
ちょっぴり生意気だけど天使のように愛らしいはずの目の前の少年は、とんだマセガキだったようだ。超びっくり。ていうかちょっと待って、あれ?今の何気にファーストキスだったんですけど!?
「ナマエ、リンゴみたいに真っ赤っかですー」
ミー、パイナップルよりアップルのほうが好きなんですよねー。なんて、顔色ひとつ変えないまま言ってのけるフランくんの将来が、ちょっとだけ心配になった。
何かもう、勝てる気がしない2012.6.14