Varia | ナノ
迫る明日がもっと鮮やかであるように


世の中にはマフィアという物騒な職業の人も本当にいるんだなぁ、と中学からの同級生である沢田を見て、呑気に思っていたあの頃の自分が懐かしい。

今ではそのマフィアの"暗殺部隊"などという物騒の権化とも言える組織に所属している男と、こうして顔を突き合わせてミートスパゲティなんか食べちゃっている。長ったらしい前髪が鬱陶しいったらありゃしない。ソースが髪の毛につきそうだ。


「ねえベル、話があるんだけど」
「なに」
「別れよう」
「は?」
「てか、別れて下さいお願いします」


もぐもぐと頬を膨らませてスパゲティを頬張っていたベルに、ずっと言い出せなかった一言を告げる。今もこの目の前のナイフ王子がわたしのことを彼女だと思っているのかさえ怪しいくらいに、わたしたちの関係は冷えきっていたと思う。

イタリアと日本という遠距離に加えてベルの仕事内容や性格的に、わざわざ休みを取って彼女へ会いにやって来るということはない。わたしだって一人暮らしのしがないフリーターで、そうほいほいとイタリアへ行けるほど金銭的な余裕もない。

結局は何かのついでに部屋へやって来たベルに手料理を振舞って、それから少しだけお喋りをして何となくセックスして、朝が来たらベルはいなくなっている。


「ししっ、その冗談つまんねーよ」
「うん、冗談じゃないからね」
「……何なのおまえ、サボテンになりてーの?」
「うーん、それはイヤだけど……」
「くだらねーこと言ってんなよ」
「でもいつまでもこういう中途半端なのは……もうやめたい」


カチャリと、ベルがフォークを食べかけの皿の上に置く音が部屋に響いた。口をへの字にして、分厚い前髪越しにこちらを睨んでいるであろうベルの視線が突き刺さる。この肌を刺すような感じを殺気と呼ぶのだろうか。痛い、痛すぎる。いや、本当に痛いのは肌ではなく、もっと別のどこかだろうか。


「なあ、王子意味わかんねーんだけど」
「ごめん」
「ほかに好きなヤツでも出来た?」
「ううん」
「中途半端ってなにがだよ」
「……この、付き合ってるのかそうじゃないのか分かんない感じが……」
「いや、付き合ってんじゃん」
「……どうせ一人で想ってるだけなら、片思いのほうがいい」


こんなことをベルに面と向かって言うのは初めてのことで。ベルからの連絡がない夜や会えない日が続いた時に不安になったり淋しくなったとしても、わたしはそれをベルに伝えることはなかった。出来なかった。

めんどくせー、そう言われるんじゃないかと怖かったのだ。メールや電話が来ないことより、会えないことよりも、ただベルに嫌われるのが怖かった。


「なにそれ、まじめんどくせー」
「……っ、」
「じゃあ王子からも話あんだけど、おまえさっさとイタリア来れば?」
「……え?」
「ナマエが自分からこっち来たいって言うまで、待ってやろうと思ってたけど」
「うそ……」
「おまえまじバカだから、もう今日このまま強制連行な」


そう言って少し乱暴にわたしの腕を掴んで、胸元へ引き寄せたベルの鼓動はいつもよりも少しだけ早かった。ベルの腕の中に抱きしめられて、こんなにも安心感を覚えたのはいつぶりだろう。

この温もりが明日の朝も消えることなくずっと続くのだと思うと、何だか鼻の奥がツンとしてくる気がした。



迫る明日がもっと鮮やかであるように



title / hmr
2012.8.26


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