3月も半ばといえど、夜はまだ冷える。大きく息を吸い込めば、肺いっぱいに濃い血の匂い。暗闇に慣れた両目に静かに降り注ぐのは、天上の星たち。
ふわふわのベッドの上で優しく頬を撫でる母親におとぎ話の続きをねだる子供にも、偽りの愛の言葉を交わしながら身体を繋ぎ合う欲に濡れた恋人たちにも、そして屍の上に立った赤い血に染まる暗殺者であるわたしたちにも――それは平等に与えられる。
「殺しても殺してもキリがないね」
「……誰かがやらねぇといけねぇ仕事だ」
「そう、なのかな……」
「暗殺が嫌になったかぁ?」
「さあ? 生憎わたしは、コレ以外知らないからね」
「だったら立ち止まるんじゃねぇ」
わずかな月明かりだけが照らす夜道。こちらを振り返ったスクアーロの銀髪が、風に乗ってさらりと揺れた。絹糸のように細く輝くそれは美しい。何百何千という人間の血を吸ってきたはずなのに、何物にも汚されることなく自ら輝きを放つのだ。
「……どうしても、」
「ん?」
「進む道に迷って、どうしようもなくなっても」
伸ばしたスクアーロの右手が、わたしの手首を掴む。夜風はやっぱり体温を奪っていくけれど、触れた熱は温かかった。スクアーロから流れ込んでくる体温――目には見えないそれを確かめるように、じっと掴まれた手首を見つめていたら。
「てめーはオレの背中を追いかけてりゃいいんだぁ」
言葉と同時に強い力で引っ張られて、いとも簡単にスクアーロの腕の中へおさまったわたしの身体。十代の頃からずっとヴァリアーで過ごしてきた二人なのに、こんなにもスクアーロを近くに感じたのははじめてだった。
溶け合うように混じりあう体温も、伝わる心音も、逞しい腕も広い肩幅も、全てがはじめて触れるものばかりで、どきどきした。でも染み込んだお揃いの血の匂いだけは、お互い慣れ親しんだものだったから、少し安心してもう一度大きく息を吸い込んだ。
世界がゼロじゃない理由それはあなたが此処にいるということ
HAPPY BIRTHDAY!SQUALO★
title / 人間、きらい
2012.3.13