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カレンダーガール


ごちゃごちゃと物で溢れたベルの部屋。幹部に与えられているのは、平隊員のソレとは比べ物にならない広さのはずなのに、やけに狭く感じるのは何でだろう。きっと、壊れたジュークボックスやらおもちゃのミラーボールやら、とにかく無駄なものが多すぎるせいだろうな。これで王族の血が流れてるとか、悪い冗談にしか思えない。


「ねえベル、コーラ飲みたい」
「飲みたきゃ、飲めばいーじゃん」


気怠い身体をベッドの上へ投げ出したまま、そんな下らない思考に浸りながら喉の渇きを訴えれば。傲慢自己中な王子様は、自分のせいで散々嗄れた女の喉を気遣うという、優しさは持ち合わせていないらしい。


「だってベルの部屋の冷蔵庫、牛乳しかないもん」
「は? 王子パシらせようとか、100億年はえーから」


皺くちゃになって縒れたシーツが、汗ばんだ肌に張り付いて少し気持ち悪い。ついでに言えば、隣で素っ裸のまま大欠伸を見せる堕王子もむかつく。そんな不快感を噛み潰すように、がりがりと爪を噛んでいたら手首を掴まれた。


「マニキュア剥がれてんじゃん、きったねー」
「うるさいな」


ぎざぎざに波打った爪の先から、ぽろりと真紅の欠片がこぼれ落ちる。子供の頃からの爪を噛む癖が大人になった今も直らないせいで、わたしの爪はいつも短い。きらきらのネイルなんて映えない歪で不格好なそれがイヤで、余計に噛んでしまうようになったのは……たぶんベルと寝るようになってからだ。


「ししっ、何イラついてんだよ」
「別に」
「コーラはねーけど、ミネラルウォーターならあんじゃね?」


そう言いながら腹筋を使って起き上ったベルが、パンツも穿かないでそのまま部屋の隅の冷蔵庫へ向かうもんだから、ちょっとびっくりした。いや、真っ裸でうろうろしてることじゃなくて、あの自称王子自らが動いたってことがね。だって有り得ない。明日、絶対雨だ。やだな、野外で任務なのに。


「ほら、よっ…と」
「ッ!……あり、がと」
「どういたしまして、しししっ」


結構な勢いで投げられた、ミネラルウォーターのペットボトル。受け取った手のひらへの衝撃はなかなかのものだったけど、でも嬉しさのほうが勝ってしまって上手く言葉が繋がらない。


「あーだりーな。明日から長期任務だし」


ベルも開けた冷蔵庫の中から牛乳パックを取り出して、そのまま口をつけながら壁に貼られたカレンダーを指でなぞる。赤いマーカーで数字を雑に囲む丸は、任務がある日の印。彼の視線を日に一度は必ず独り占めする、ベルの部屋の――


「……わたし、カレンダーになりたい」
「とうとう頭イカレた? ししっ」
「ベルには言われたくない」
「あっそ」


たまにナイフが突き刺さったりして所々穴が開いてたり、マーカーで汚く走り書きがしてあったりするカレンダーだけど、それでもいいの。だってカレンダーになったら、毎日わたしのこと見てもらえるでしょう?

それかベルの部屋の鏡でもいいかなって思ったけど、でもわたしにはベルをきれいに映してあげる自信がないから、やっぱり鏡はパス。千切って破って、いつか捨てられてもいいから、なりたいな。




2012.7.13
BGM:カレンダーガール/The Birthday


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